2015-05-01から1日間の記事一覧

大観覧車

crystalrabbit 大観覧車 二人の乗ったゴンドラはゆっくりと地面から遠ざかっていく。 「さっき大観覧車の下にオリーブの木があったから、笑っちゃった。いい取り合わせね」 白峰千恵が奥の椅子に座って、小野寺進のほうを向いて笑った。 「悪い趣味だよ。そ…

メンバーズクラブ・レェイ

crystalrabbit メンバーズクラブ・レェイ 「先生はこちらへ来られる前はどちらへおられましたか」 「呉の聖労会病院に2年かな」 「それでは、民岡先生とは・・・」 「民岡先生の後任ですよ。ですから呉ではご一緒には勤務していませんね」 「民岡先生にはラ…

廃屋

crystalrabbit 廃屋 同じ夢を何度も見た。自分が何であるかはわからない。村から村へとさすらう旅人のようでもある。 風は昼すぎから吹き出した。山頂から吹き降ろす風は、時に急旋回をして、山を覆う木立の葉叢を震わせた。 夕暮れになって風は更に強くなっ…

海辺の墓地

crystalrabbit 海辺の墓地 断崖の下は海である。穏やかな浪が寄せては遠ざかる。幾年にもわたって浸食されて複雑な大小の穴が縦横に伸びた岩場に、浪は当たっては砕ける。白い泡が生じて瞬く間に消えていく。その音が風にのって崖を這い上がる。その音を追い…

木曜島からの手紙

crystalrabbit 木曜島からの手紙 —せとうち抄— 市内の女子大に通う一人娘の亜也子が、電車とバスを乗り継いで帰ってきたとき、母の葉子はいたずらっぽく笑いながら口を開いた。 「やはり、あのお姉さんの作文、見せてあげればよかったのに」 「・・・」 夫の…

トンド

crystalrabbit トンド —せとうち抄— 1 マニラで生まれた長浦峰子は、小学校へ上がる前に、両親の故郷である田島に帰ってきた。そこには、祖父母と峰子の兄が住んでいて、峰子ががマニラから戻ったので、四人で暮らすようになった。家族一人が増えるだけでも…

虹の章

crystalrabbit 虹の章 一 東から西へ向かって流れる千町川は、その流れがあるかなきかに停滞している。 淡い初秋の陽が川面でわずかに反射し、柔らかい日差しは川底の小魚を照らした。鮒に似た小魚が数尾群れをなして、藻を漁っている。このあたりでは「はえ…

デベラ

crystalrabbit デベラ —せとうち抄— 十二月になると、鷹野橋商店街は平日でも賑わってきた。店頭で売られる商品の数々にも、歳末の装いが感じられるようになった。 信号が青になって電車通りを越えて、商店街のほうへ流れていく人々の足並みも、いつもよりせ…

送春賦

crystalrabbit 送春賦 1 その年の秋、僕らはある小さな町の大学へ合同セミナーを行いにやってきた。その町は川と山に挟まれた小さな平野の中にあった。川の中州には、雑草が生い茂り、所々にたまった丸い石は、乾いて土砂がこびりついていた。水はゆっくり…