おうつり

crystalrabbit おうつり 村一番の分限者の先代の葬儀も滞り無く済み、新しい当主が村中に世襲の挨拶と葬儀へのお礼をかねて、一件一件を廻って来たのは、戸外におれば日焼けが一層進むような、初夏のよく晴れた日だった。 どの家でも、慇懃に当主を迎え、わ…

お見舞いに来たのはだれ?

crystalrabbit お見舞いに来たのはだれ? -少年少女恐怖館之内- 「ユリね、今日はお休みだったよ。」 真由美は家に帰るとママに言った。 ユリと真由美は大の仲良しである。 ユリが熱を出して、学校を休んだのは水曜日のことだった。 ユリが学校に来ないの…

奈落の上

crystalrabbit 奈落の上 悪夢は今でも甦る。時々、身体が浮くような感じに襲われる。そのときは胸が締め付けられる。また、あの恐怖が襲ってくると、考えてしまう。あんなことなど二度と思い出したくない。できることなら、私の記憶の中からあの日一日のこと…

古磯家奇伝

crystalrabbit 古磯家奇伝 最近舌が長くなったような気がする。それに何か便利な器官が一つ増えたような感じで、自分の能力について再考する必要があるのではないかと思い始めた。 蛙に近づいているのだ。これは祖父の時代にした大蛙との約束であったに違い…

幽霊たいじ

crystalrabbit 幽霊たいじ 春のよく晴れた日のことです。 秀ちゃんは、いつものように日のよく当たる部屋で、ひとりでブロック遊びをしていました。青や緑のブロックが太陽の光を反射して、魔法の世界を作っています。 雀が五、六羽、庭にやってきて、木の枝…

ベルサイユ

crystalrabbit ベルサイユ やがて、見送る人たちの姿が棒にになり、点になった。 和彦の目の前を蒼い海水がおもしろいように後へ流れる。 「和彦、リカ。さあ中へ入りましょう」 いつまでも海とその向こうに広がる眺望に見飽きぬ和彦とリカに美紀が声をかけ…

六人のメッセンジャー

crystalrabbit 六人のメッセンジャー 群から離れて何日か過ぎた。その前に、我々の親戚は、森の仲間たちと袂を分かっていた。 森の仲間から離れていった理由は、ほんとうのところよくわからない。ずっと前のことだからである。祖父のときか、あるいはもっと…

日本人形

crystalrabbit 日本人形 「おもしろい話を聞きましたよ」 部屋に入ってくるなり、小泉がこのような話し方をしたのは初めてである。 所長の水城は体をひねるようにして、小泉のほうを見た。 「持ち主の頭が必ずおかしくなるという人形の話は、ご存じですか?…

遊女人形

crystalrabbit 遊女人形 ハルは舞子が好きだった。流れるような黒髪の下に静かな微笑をたたえた舞子を見ているだけで、うっとりする。ハルは何時間でも舞子を見つめていたいと思った。ふっくらとした頬。かすかに開いた愛らしい口元。そしてはるか永遠を見つ…

亜由ちゃんちのおばあちゃん

crystalrabbit 亜由ちゃんちのおばあちゃん ―少年少女恐怖館ノ内― 亜由ちゃんちには、おばあちゃんがたくさんいる。最も年寄りのおばあちゃんは、百才をとうに越えているのに、次のおばあちゃんよりも元気だ。 この前も家の前を歩いていた。そこへ喜美ちゃん…

残照

crystalrabbit 残照 建久九年(一一九八)十二月二十七日のことである。頼朝は御家人の稲毛重成の橋供養にでかけた。稲毛が亡き妻元子の供養にと相模川に橋を作ったのである。 元子は時政の六女で、相模の豪族稲毛氏に嫁いでいたのだが、数年前風邪をこじら…

星の降る里

crystalrabbit 星の降る里 湖のまわりから生い茂った草は、生命感にあふれていた。勢いよく大地から伸びた緑色の葉は、みずみずしかった。湖は静かに水をたたえて、遠くの樹木を写していた。あちらこちらへとたわわに枝を張らせた木々も、大地へしっかりと根…

分家

crystalrabbit 分家 氷川洋二は、山南村、といっても、今は合併して沼隈町山南という山間の農家の次男として、昭和四年に生まれた。 戦争が終わって兄が復員して、家庭の平和が戻ったとき、分家して一家をなすことになった。嫁は下山南の遠縁からもらい、兄…

鬼岩

crystalrabbit 鬼岩 藁葺き屋根の家の前に路地がある。いつものように老婆が静かに歩いている。お岩ばあさんである。 「おばあちゃん、ごきげんいかがですか。」 通りががりの人が優しく尋ねる。 「ああ、おかげさんで、元気、元気・・・・。」 「ほんに、お…

北斗アニマルファーム

crystalrabbit 広島・北斗アニマルファーム 4月18日(日) このところ急に太陽が明るさを増したようだ。山々の新緑がまぶしい。名川沙耶子は、サングラスを通してほぼ南中しかけた太陽を仰いだ。キャノンに70ミリを装填して、肩に吊っている。それにバッ…

動物隔離棟

crystalrabbit 動物隔離棟 農林水産省動物検疫所 関西空港支所 検疫第2課(関西空港検疫場,霊長類検疫施設) 檻に入ったマカクザルは,赤いうつろな目で無機的に広がる青い空を見ていた。猿というのはだいたいが赤い目をしているので,目が合った運搬係も…

生家

crystalrabbit 生家 彩子の生家は島の南東にあった。桟橋から見ると左前方の位置に当たる。 自動車が家に近づくに連れて道路は広くなり、いつの間にか敷地内に入り込んでいた。敷地内の広場を舗装道路が玄関前で廻っていた。そこで彩子と潤也が降りると、恭…

伊沼島

crystalrabbit 伊沼島 四〇分ほどで、巡航船は伊沼島についた。長い日が西に傾いて、海面を黄金の鱗のように輝かせている。桟橋は伊沼島の北側の入り江にあった。岬の突端を廻ると小さく旋回して桟橋へ横付けになる。そのとき一際エンジン音が高くなる。足下…

めまい

crystalrabbit めまい 四拾五歳だった。いつまでも、若いつもりでいたが、もうそんなに若くはない。年をとるということが不思議なような気持ちになるが、認めなければならないと、今では思う。 そんな気持ちに彼をさせたのは、ある朝の出来事だった。いつも…

フリージアはわたしよ

crystalrabbit フリージアはわたしよ フリージアが死んだ。貨物を満載した軽トラックに轢かれたのだ。 日差しが柔らかくなって、庭の植物の緑も日々少しずつその色を濃くしていた。 霞んだ空に朝から春風が舞っていた。物干し棹の片方が落ちて、白い洗濯物が…

春雷

crystalrabbit 春雷 若葉がそよ風に静かにゆれている。校庭の周囲をめぐるプラタナスの若葉が、春のやわらかい日に映えて、薄緑色に輝いている。 その若葉が、小きざみに、そしてゆっくりと葉全体でゆれている。紋白蝶が一匹どこからともなく翔んできて、緑…

ピエロがくれた金魚

crystalrabbit ピエロがくれた金魚 中国山地のうち、広島県と岡山県の県境のあたりでは、赤い魚は魔性のものの変化だと信じられており、現在でも、錦鯉や金魚を家庭では飼育しなゐ地域はかなりある。 川上翠庵「備後の伝承」(鳳文館、大正十二年) 一 土曜…

春霞

crystalrabbit 春霞 そこは、岡山県のS市の西側に位置する、小さな村だった。このあたりはどの村も水が豊富で、初夏に訪れれば緑の水田が目を奪うし、夏が終わって秋が訪れれば、黄金色の稲穂が風に揺れているのを見ることができる。 中国山地に湧く水を源…

島渡り

crystalrabbit 島渡り 珠洲(すず)の海人(あま)の 沖つ御神(みかみ)に い渡りて 潜(かづ)き取るるといふ 鮑珠(あはびたま) 万葉集4101 先の親方が春先に急死して、今瀬龍三に親方の役が突如廻ってきた。 島渡りの支度をする五月は間近に迫っている…

生月島

crystalrabbit 生月島(いきつきしま) —せとうち抄— 1 教育委員会の村瀬さんから、生月島へ行ってみないかという電話があったのは、春霞で遠目が効かない日が続いていた頃のことだった。佐賀県の生月島から、電話があって、私どもの関係者の墓が出てきたと…

ふり姫

crystalrabbit ふり姫 一 風がそよいでいる。日本海から吹き寄せる風である。 潮風がとおりすぎると、またもとの冷気が館をおおう。 「お兄さま、このところお父さまのお顔がすぐれないようですが……」 「戦のことは女子供は心配せずともよいわ」 と、フノム…

宮津幽斎日記

crystalrabbit 宮津幽斎日記 天正十年水無月二日 入江に入りかつ出てゆく潮の流れも、また味なものよ。 ・・・ 京よりの、急ぎの使者あり。婿殿の件を伝う。驚愕一再ならず。気を静めることこそ肝要なり。 光秀殿の今回の挙を使者より耳に入れ、信じ難きこと…

crystalrabbit 岬 雨上りの欝陶しい午後だった。私は長い電車の旅から一時的にも解放されたくて、接続している連絡船には乗らずに、そこで降りてしまった。 駅のホームをたどたどしく歩いて、駅前に続く商店街のほうへと、私の足はひとりでに向かった。この…

出航

crystalrabbit 出航 三羽のユリカモメが白い腹をみせて数回旋回した。 遠くで別の船の汽笛が長く尾を引いて鳴った。 緑色の海水が船と桟橋の間を流れていく。ゆれる船の間から、白い泡がまわりながら昇ってきた。白い巨体が静かに振動を続けている。スクリュ…

幻影

crystalrabbit 幻影 1 「ちょっとー」 由紀の声に早野香は顔を上げた。もう少し先まで読んでからにしたかった。でも、由紀の声は、それを許さなかった。 「うん」 早野香と由紀の眼があった。激しく火花が散った。 由紀は、さすが早野香だと思った。 図書館…