プールに棲むカッパの霊

crystalrabbit 

プールに棲むカッパの霊   -少年少女恐怖館ノ内-

 

「何か変よ。」と美沙が言った。少し間をおいて、美沙は続けた。

「プールの中を何か、泳いでいたみたい。」

 梅雨の合間の久しぶりの太陽が照りつけている。子供たちにとっては、やはりプールは晴れた日のほうがいい。今日は最高の天気だった。

 美沙は一番に着替えてプールの縁に立って水を眺めていた。泳ぎたくて泳ぎたくてたまらなかったのだ。

 太陽がまぶしいせいか、あるいはその他のことを考えているのか、誰も返事をかえす子はいない。

 やっとまわってきた、楽しみにしていたプールの時間だ。みんな、プールの回って来る時間を心から待ち望んでいる。急に、それに水をさすようなことを言われても、頭に入らないのがあたりまえだ。

 美紗は誰にも相手にされないので、二度とそのことを誰にも言うまいと決心した。決心すると安心したせいか、そのことをけろりと忘れてしまった。日が経つに連れて、記憶も曖昧になり、今となっては、もしそのことを誰かに訊ねられても、それをはっきり答えられるかまったく自信はなかった。

 

 ひばりが丘小学校は、昨年に開校したばかりである。隣の青空山小学校から分離してきてできたため、一年生から六年生まで、揃っている。山の斜面がけずられ団地ができて、急激に町の人口が増えてきたので、小学校はすぐに手狭になる。ひばりが丘小学校も、団地の端の山の斜面を削ってできていた。

 開校した年の一学期、二年生の男の子がプールで溺れて死んだ。先生がちょっと眼をはなしたすきに、深みに落ちて溺れたのだ。

 この不幸な事故のことは、学校の近くに住むケン吉じいさんの耳にも入っていた。ケン吉じいさんは驚いた。と、同時に、やはりという思いもあった。ケン吉じいさんは、あのことを知らせておくべきだろうか、と何日も考えた。しかし、結局ケン吉じいさんは、何も言わないことにした。言っても老人のたわごとだと、笑われるだけだろうと思った。

 ……それから、一年がたった。

 初夏の訪れとともに、水泳の授業がはじまった。子供たちは去年の不幸な事故のことは忘れて、楽しく泳いでいる。プールでの授業がはじまって、一週間ばかりしたときのことだった。一年生が、プールぎわから落ちて溺れて死んだ。

 先生も子供たちも、去年のこともあるので、大騒ぎになった。

 親たちの間でも、プールの話題でもちきりだった。いろいろなうわさが流れていた。 

 だれも泳いでいないのに、プールサイドのコンクリートの上が濡れていたというのもそのひとつだった。教育委員会の人が調査に来て、鍵を開けて入ったときに見つかったのです。鍵がかかっていたのですから、誰も入れません。それに、ずっと晴れていましたから雨が降ったということも考えられません。

 また、夜学校の近くを通ると、風もないのに、プールのほうから音がしたという話もあった。誰かが泳いでいるような音だったというのだ。

 事故のことはもちろん、このようなうわさも、ケン吉じいさの耳に届いた。

 ケン吉じいさんは、再び、あのことを言おうかと悩んだが、やはり、言わないことにした。二年続いて起こった事故も、単なる偶然だと、笑われるような気がしたからだ。 

 しばらくして、教育委員会の人がケン吉じいさんのところを訪ねてきた。

「小学校のプールのことはご存じでしょうか?」

「ええ、大変なことになりましたね。」

「はい。それで、今日はそのことについて、お願いがあって来ました。」

 ケン吉じいさんは、ははあ、あのことかと思ったが、自分からは言い出すことはなかった。

「と、言いますと? 」

「実は、そのプールの件ですが、誰が言い出したのか、カッパの仕業だといううわさが広まりまして、教育委員会としましても、ほうっておくわけにいかなくなりました。」

「そのような話は聞いたことがあります。」 ケン吉じいさんは、これまで聞いた話を思い出していた。

「それで、いろいろと調べているうちに、小学校の敷地の元の持ち主であった、あなたにお聞きしたら、何かわかるだろうと思ったのです。カッパの棲んでいた池があったとか聞いたものですから。」

 ここまで相手が話すのなら、話してもよかろうとケン吉じいさんは思うようになった。

「確かに小学校の敷地の大部分はわたしのものでした。プールのあるあたりも、私のものでした。」

「それで、そのあたり、ちょうど今プールのあたりが、カッパにゆかりのある池があったとかお聞きしたのですが……

「はあ、確かにカッパにゆかりはありますが、池というほどのものではありません。昔、カッパが棲んでいたと言われていた池があったそうです。その池は祖父が埋めてしまいました。そして私が知っているのは、埋めた跡だけです。」

「やはり、カッパが棲んでいたというのはほんとうなのですね。」         

「いいえ、ほんとうに棲んでいたかどうか……、そこはちょうど、岩が突き出ておりまして、その岩の間から水が流れ出ていました。緑の美しい苔を伝わって細い流れが、ほんのわずかの水量ですがずっと落ちていました。それは夏の日照り続きになっても枯れることがありませんでした。池の跡に水たまりができ、菖蒲に似た植物が生えておりました。井守(イモリ)が棲んでいました。ええ、あの守宮(ヤモリ)と似た、とかげのような生きものです。井守は、動きが緩慢で水の中をくねくねとからだを曲げながら泳いでいました。腹の色が鮮やかな朱色で、今もその色が強く印象に残っています。

 水が流れ出る岩の下に『霊』と彫った石がありました。カッパの霊を祀っているのだと祖母から聞きました。

 小学校ができるとき、そこもいっしょに売ってしまいました。そして、ちょうどそのあたりがプールになったので驚きました。いや、何か悪い予感がしたものです。」

 このような話を聞いて、教育委員会の人は帰って行った。

 数日後、プールの隅に、カッパの霊を祀る小さなお社を作った。

 それからは事故もなく、毎年子供たちは明るい太陽を背中いっぱいに受けて、楽しく泳いでいる。

 でも、そのカッパの霊はどこにいったのでしょうか。ひょっとすると、これを読んでいるあなたの学校のプールへ、もう、移ってしまったのかもしれませんね。もし、夜、学校のそばを通ることがあったら、耳を澄ませて何かプールのほうで物音がしてないか聞いてみてください。

 そして何よりも、プールで泳ぐときはくれぐれも、ご用心、ご用心!crystalrabbit