メンバーズクラブ・レェイ

crystalrabbit

メンバーズクラブ・レェイ

 

「先生はこちらへ来られる前はどちらへおられましたか」

「呉の聖労会病院に2年かな」

「それでは、民岡先生とは・・・」

「民岡先生の後任ですよ。ですから呉ではご一緒には勤務していませんね」

「民岡先生にはラフマックAの採用でお世話になりました」

「ラフマックね、この使い方は聖労会で覚えたようなものですね。僕が呉に行ったときは大半がラフマック中心で、他にソリュートを使われる先生が一人おられたかな。でも、その先生もしばらくしてラフマックを併用してましたね」

「発売直後から広島支店の売り上げがトップになりました。その中心が聖労会病院だったのです。次第に県下に浸透して、二年くらい全国一を維持していたんですよ」

「呉聖労会は移動が激しいから、あそこで覚えたことが周辺にすぐに伝わる」

「ええ、そういう意味でも,大変お世話になりました」

 

「ちょっと,失礼します」目ざとく平岡医師が入って来たのみつけた三隅浩三は立ち上がった。

「先生,お忙しいところを恐縮です」慇懃に挨拶をする。この前はありがとうございました。おかげで,今月のニュースレターには掲載が間にあいました」

「いよ,お待たせ!」

「あ,お世話になります」

 続いて登場した坂本にも同じように慇懃に挨拶をするのを忘れなかった。

「さあ,奥のほうへ」

 

 水色のテーブルクロスにはステンレス製の食器の影が薄く幾重にも重なっていた。天井の方々に吊してあるランプから、柔らかな明かりが達していた。その明かりが幾重にも重なって、あるかなきかの影を弱めていた。

 白いグランドピアノがコーナーを隔てて壁から十分な距離をとって置かれている。この曲がりくねった構造のせいで入り口からは見えないが、テーブルに座ると見えるようになっている。そこにも、柔らかな明かりが達し、壁の方から照射されたフロアランプからの光と解けあっていた。グランドピアノの象牙をあしらった白い表面で光が互いに交差していた。

 いつのまにか、黒のスーツを着た若い男が、ピアノの前にすわり、軽やかに演奏を始めた。はじめは、耳を澄まさないと聞き取れないほどの音量であったのに、曲を重ねるとともに音量が次第に上がっていったので、グランドピアノの生演奏そのものに気づくのに、人によって差が生じた。

 シバの女王。憂いを含んだ流れるような旋律が、床を這うように届く。若いピアニストはややうつむき加減になりながら、脇目もふらず演奏を続ける。少しアンテナさえ伸ばせば、客の反応は手に取るようにわかるはずた。しかし、男はあたかも今夜の客のことは眼中にないかのようだ。目は閉じていない。しかし、焦点の先に何かがあるわけではない。なのに、それがあたかも存在するかのように、男は見つめている。それが、若さのせいなのか、あるいは芸術家としての誇りなのかを、理解することはできない。

 テーブルクロスをメインディッシュが狭くした。

 黒のタキシードを着たボーイが大げさな身振りで蓋を取ると中からステーキがジュウジュウと音を立てながら、焼けた鉄板の上に現れた。鉄板を載せた台木の焦げる臭いに混じって、牛肉の焼ける臭いもした。

「社運を賭けているとか・・・」若い医師がワインを嘗めるように一口啜って切り出した。

「素晴らしい成果が着々と出ております」

 嘘ではない。臨床試験のデータの一部が開発部から届いたのを昨日読んだばかりである。動物実験については、驚異的な効果が出たということは周知の事実だった。crystalrabbit