亜由ちゃんちのおばあちゃん

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亜由ちゃんちのおばあちゃん       ―少年少女恐怖館ノ内―

 

 亜由ちゃんちには、おばあちゃんがたくさんいる。最も年寄りのおばあちゃんは、百才をとうに越えているのに、次のおばあちゃんよりも元気だ。

 この前も家の前を歩いていた。そこへ喜美ちゃんのお母さんが通りかかって声をかけた。喜美ちゃんのお母さんは、お年寄りに声をかけるときによくするように、おばあちゃんの耳元で、少し大きな声で言った。

「おばあちゃん、ごきげんいかがですか。」

 おばあちゃんは、耳がよく聞こえるらしく、すぐに振り返って、

「ああ、おかげさんで、元気、元気・・・。」

 とうなづいた。

「ほんに、おばあちゃんを見ていると、長生きの秘訣のひとつやふたつを聞いてみたくなりますよ。」

 喜美ちゃんのお母さんは、さっきよりも少し小さな声でたずねた。

「ははは、秘訣などありゃせん。好きなことをして、よく寝ることぐらいのもんじゃ。」

「また、ご謙遜を・・・。」

 こう言って二人は笑いながら、別れた。

 おばあちゃんは、やや前かがみだが、腰が曲がっているようには見えない。足取りも確かだ。元気なものだ。喜美ちゃんのお母さんでなくても、長生きの秘訣をたずねたくなるだろう。

 長生きの秘訣かどうかはわからないが、亜由ちゃんちの一番年上のこのおばあちゃんは、立派な歯を持っているということだった。そのことは近所の評判だった。どういうわけか、百才になる前にみな新しく生えかわって、次のおばあちゃんや、息子たちよりも丈夫な歯をもっているのだと言っていた。だから、若い人に負けないくらい、肉でも魚でもどんどん食べるそうだ。そのせいか、足腰も強く、家の裏の畑に野菜をとりに行ったりしても平気だった。

 そのおばあちゃんは、亜由ちゃんちの母屋から離れたところにある隠居所に住んでいた。そして、昼間は隣の納屋で機織りをしていた。

 家の裏の畑に野菜を取りに行くほかに、季節によっては、裏山に登って山菜や松茸を採りにいくこともあった。また、夜になると、時々冷たい空気を吸ってくるといって裏山の方に出かけた。なにしろ足腰が強いのだし、それに裏山は若い頃から歩き慣れているので、いつでも登ることができた。普通の人なら月の出ていない夜は、懐中電灯をもって行くのに、亜由ちゃんちのおばあちゃんは、懐中電灯なしでどんどんと山を登って行けたから、目のほうもほとんど衰えていないのだろうという話だった。

 いつか、若い人と山に登ったら、おばあちゃんのほうが速かったということで評判になったこともある。

 ただ、変わっていると言えば、おばあちゃんの生活している隠居所は、誰も覗いてはいけないことになっているということだ。このことは私も、亜由ちゃんから聞いたことがある。機織りは納屋でしていて、誰でも入ることができた。しかし、寝起きしている隠居所のほうは、誰も入ったことがなかった。そして、外出するときや家の裏の畑に行くときも、決して入ってはいけないと言われていたので、家族のものはそれをずっと守ってきたということだった。

 こういう元気なおばあちゃんだから、その長寿にあやかりたいと言って、遠方から訪ねてくる人もあった。

 この前、学校が終わって亜由ちゃんちに喜美ちゃんと遊びに行ったら、よそのおばあちゃんが訪ねてきていた。長寿にあやかりたいと言って訪ねてきたのだと、亜由ちゃんが教えてくれた。

 亜由ちゃんと喜美ちゃんと私は、こっそりと機織りの納屋に入った。おばあちゃんは、お客さんと夢中で話をしていたので、私たちには気づいていないようだった。

 亜由ちゃんのおばあちゃんは、機織りの手を休めて、上機嫌で客の相手をしていた。

「おかげさんで足腰がなんとかなりますから、この年でも裏山へ山菜を採りに行くこともありますよ。」

 こう言っておばあちゃんは立ち上がると、客の前をくるくる回って元気なところを見せた。客もおおいに喜んでおばあちゃんの後ろをついて回って、楽しんだ。こうしているといつもよりもよく体が動くと言って客は喜んだ。

「気は心ですから、年のことは気にせず元気で歩き回るのがいいでしょう。」

 こう言っておばあちゃんが笑うと、客もつられて笑った。

「誰もおらんかいのう。」

 しばらくして、おばあちゃんはこう言って、家族のものを呼んだ。しかし、返事はない。私と亜由ちゃんと喜美ちゃんは、黙って納屋の隅にうずくまっていた。亜由ちゃんが人差し指を口の前に立てて、静かにしているように合図をしたので、喜美ちゃんと私は必死でこらえた。

 誰もいないと思ったのか、おばあちゃんは、また客のほうに向き直った。

「ところで、今日はどちらを通って帰りなさるかのう。」

 おばあちゃんの顔が赤々と輝いていた。

「通り谷を越えて帰ろう思うとります。」

「通り谷ですか。あそこは寂しいところじゃ。日が暮れんうちに帰るがええのう。」

 おばあちゃんの親切に客はたいそう満足した。

「それじゃこのへんで。」

 と客が立ち上がると、おばあちゃんは客のほうをじろりと見た。

「それに、最近鬼が出るという噂もありますから、気をつけなされ。」

 こう言っておばあちゃんは口を横に大きく開けて笑った。

「おー、そりゃ怖い、怖い。」

 と言って客は帰途に着いた。

 亜由ちゃんのおばあちゃんは、客が帰ったあともしばらく機織りをしていたが、急にやめて立ち上がると、納屋から出て行った。亜由ちゃんが、私の手を引いて立ち上がったので、私と喜美ちゃんも立った。亜由ちゃんについて、おばあちゃんの後を追うように納屋から出たが、もう亜由ちゃんのおばあちゃんはいなかった。やはり、若い人より速いというのは本当だったのだと思った。どこに行ったのかわからなかった。私たちはおばあちゃんを追いかけるのをやめた。

 喜美ちゃんと私は、亜由ちゃんの部屋で遊んだ。

 

 その日の夕方になっても、おばあちゃんが帰って来ないので、大騒ぎになった。機織りの納屋はもちろん、隠居所のほうにもいない。裏の畑に走って行ってみても、やはりおばあちゃんはいない。とうとう、誰かが、隠居所で寝ているのではないかと言い出した。開けてはならないと言われている隠居所をみんなで開けてみることにした。中は真っ暗だったが、電気をつけて驚いた。白い骨が転がっていた。

「鶏の骨だ。」

「こちらは犬の骨だ。」

「これは、どういうことだ・・・まさか・・・」

 この声は亜由ちゃんのお父さんの声だった。

 亜由ちゃんと喜美ちゃんと私は縁の外で、聞いていた。

「そこは開けるな・・」

 洞窟の中を反響するような声がした。私たちは一斉に振り返った。誰かと思ったら亜由ちゃんのおばあちゃんだ。

「見たな。見たな。もう終わりじゃ。」

 こう言うとおばあちゃんは口を大きく開いて、光る目でみんなをにらみつけた。そして髪の毛を逆立た。

 私の手を強く握っている、喜美ちゃんの手が震えている。私の足もがくがくと震えている。唇をかもうと思っても歯がかちかちとぶつかるだけで、歯を食いしばっていられない。

亜由ちゃんが私の腕を両手でつかんだので、かろうじて私は震えをとめることができた。しかし、亜由ちゃんも全身で震えていた。

 おばあちゃんは後ろを向くと吠えながら裏山に向かって走り去った。

「ひえ・・。」

「おに・・・。」

 居合わせた人たちが声たかだかに叫んだ。

「鬼だ。いつのまにか、この婆さんが鬼になっていたのだ。」

 私と亜由ちゃんと、喜美ちゃんは、しばらく口もきけなかった。crystalrabbit