宇宙飛行

crystalrabbit

宇宙飛行

 

 秋のよく晴れた日のことでした。秀ちゃんが日のよくあたる暖かい部屋でテレビを見ていると、黒猫のピョンがやってきました。

「秀ちゃん、何をそんなにおもしろそうに見ているんだい?」

「ああ、ピョンか。見てごらん。毛利さんだよ」

「毛利さん?」

「知らないのか? 日本人で最初の宇宙飛行士になった人だよ。その毛利さんの講演会をやってるんだ」

 ピョンがテレビのほうを見ると、細長い顔をしたおじさんが、マイクの前で楽しそうに話をしていました。

「日本人で最初の宇宙飛行士というと、地球の外へ出たのかい?」

「そうだよ。だから、宇宙飛行士というんだよ。いくら訓練をつんでも、宇宙へいかなきゃあ最初の宇宙飛行士などと呼んでもらえないよ」

「そうか。そういうもんか。わかったよ。それでは、だれでも宇宙飛行士になれるの?」

「そういうわけにはいかないよ。宇宙でいろいろな実験ができて、それから訓練をつまないとだめだよ」

「実験ができて、訓練をすればいいのなら、さっそく今日からでも実験の練習をしようじゃないか。その毛利さんとかいう人はどんな実験ができるの?」

「毛利さんは大学の先生だから何でもできるよ。りんごを落としたり、紙飛行機を飛ばしたりね。それにおたまじゃくしをかえらせることもできるらしいよ」

「よし、それでは大学に行って実験の仕方を教えてもらうことにしようよ」

「うん、それがいい。しかし、今毛利さんが話をしているのだから、おわりまで聞いてから行こうよ」

 ということで、秀ちゃんと黒猫のピョンはテレビを見ることにしました。

「宇宙ではカレーを食べると言ってるよ。だいじょうぶかい?」 

 じつは、秀ちゃんは黒猫のピョンがカレーを食べないということを知っているのです。

「カレー? んー、なんとかなるんじゃないかなー」

 ピョンは苦しい返事をしました。もう、ピョンは宇宙飛行士になることを決心したのです。カレーライスを食べれないと宇宙飛行士になれないのなら、食べれるようになるまで努力するつもりなのです。

「さあ、秀ちゃん、大学へ行って実験の仕方を教えてもらおうよ」

 テレビで毛利さんの話が終わると、ピョンが言いました。

「そうあわてるなよ。すぐに行くからさ」

 と、秀ちゃんはぶつぶつ言いながら何やらしたくをしています。

 新聞公告の紙から、飛行機を折るのにちょうどよいのを集めていたのです。それを持って秀ちゃんと、黒猫のピョンは家を出て、駅のほうへ向かいました。

 秀ちゃんとピョンは最初にきた電車に乗りました。電車の中はほとんど乗客がいませんでしたから、ピョンは座席にピョンと飛び乗ると、やわらかいクッションが気にいったらしく、何度も行ったりきたりしました。

「ピョン、ぎょうぎが悪いぞ!」

「あ、ごめんごめん。久しぶりの電車だからついうれしくなって……

 ピョンは笑っています。

 大学は電車で三つめの駅でおりたところにあります。駅前の交差点は車が多いので、秀ちゃんはピョンをかかえて急いでわたりました。

 秀ちゃんは、大学の門のところにいる守衛さんに、おじさんの名前を言いました。守衛さんは親切な人で、おじさんのいるところまで案内してくれました。

 おじさんの研究室には複雑な機械がたくさんあって、白い服を着た人たちが忙しそうに働いていました。 

 秀ちゃんとピョンはそこで紙飛行機を飛ばす実験をしたり、りんごの落としかたを何度もやってみました。

 秀ちゃんとピョンが大学を出たころには、夕日が西にかたむいて大きく見えました。

「宇宙からお日さまはどういうふうに見えるんだろうか?」

 ピョンが聞きました。

「もっともっと大きく見えるよ。それに太陽に近くなるのだから、あまり太陽のほうを見つめてはいけないよ」

「ふうん。大きくみえるのか。それは楽しみだ。明るすぎても、ぼくの目は、細くできるからだいじょうぶだよ」

 ピョンはもう宇宙に行ったような気持ちになりました。

「お月さんにも近づくのかい?」

「どうだろう? お月さまはやはり地球のまわりにあるんだから、見えないかもしれないよ」

「そうか、見えないのか。それは残念だな。近くへ行って、うさぎさんと話ができればいいと思っていたのに……

 ピョンは残念そうに言いました。

 帰りの電車は乗客がいっぱいでした。それで、ピョンは秀ちゃんに抱かれたままでじっとしていました。秀ちゃんは片手でピョンを抱き、もうひとつの手で手すり棒をもっていました。電車がゆれるたびに、ピョンは落ちてしまうのではないかと思って心配しておりました。しかし、無事三つめの駅に着きました。

 家の近くまで帰ると、カレーのにおいが鼻をつきました。

「あ、今夜はカレーだ。ピョン、さっそくカレーを食べる練習をしよう」

 秀ちゃんはカレーが大好きなのです。でも、ピョンは今日からカレーを食べる練習をするとは思っていませんでしたから、意地悪な秀ちゃんだと思いました。

「ママ、ピョンも大きくなったから、カレーを食べさせてやってよ」

 秀ちゃんが言うと、ママはピョンのお皿にカレーをかけてやりました。ピョンは秀ちゃんの顔を見ながら、食べました。

「やったー。ピョン、カレーが食べれたぞ。これで宇宙飛行士になれる」

 秀ちゃんがひとりで喜んでいます。ピョンはほんとうはカレーはやはり好きになれなかったのです。でも、無理をして食べました。

 その夜、秀ちゃんはスペースシャトルの写真を出して宇宙のことについてピョンにいろいろ教えてやりました。

「ピョン、これでひととおりのことは終わった。あとは、アメリカへ行ってスペースシャトルへ乗るだけだ」

 秀ちゃんが言いました。

 ピョンは大きなあくびをしました。

 ピョンは飛行機に乗るのははじめてでした。しかし、秀ちゃんと同じようにベルトをしめて、おとなしくしておりました。スチューワデスのお姉さんが、メザシを焼いたのを持ってきてくれたので、三匹食べました。飛行機からおりるとすぐに、スペースシャトルの発射場へ行きました。そこにはすでにチャレンジャーが待っていました。ピョンのために特別に作られた宇宙服を着て、ピョンはチャレンジャーに乗りこみました。

 操縦席の計器の点検が終わると、いよいよ発射の秒読みです。

 三〇秒前、二〇秒前、一〇秒前、テン ナイン ……スリー、ツー ワンー

 しまった、まだ英語の練習がすんでいなかった、とピョンは思いました。しかし、まにあいません。ゼロ スタート。ゴーという音とともにチャレンジャーは発射しました。すごい力で下にからだがおさえつけられます。四本の足が折れそうです。でも宇宙飛行士になるんだからがまんしなければなりません。ピョンは必死でたえました。

 ……しかし、まもなくその下へおす力も弱まり、今度はからだが浮いてしまいました。つかまるものがありませんから、頭がふらふらしてきました。これが無重力状態だというのはわかりましたが、気分が悪くてがまんできません。さっき食べたカレーがお腹の中でぐるぐる鳴っています。このままこういう状態が長く続くともどしてしまうのではないかと思いました。

「おい、ピョンいつまで寝ているんだ。早く起きろよ!」

 秀ちゃんの声です。

 目をあけると朝日が顔にまぶしくあたっています。

「ぴょん、どうしたんだ? はやく起きてごらん。もう朝だよ」

 ピョンの目が慣れると、秀ちゃんはいつものようにブロック遊びの準備をしておりました。ピョンは宇宙飛行士になることをやめよと思いました。でも、それをいつ秀ちゃんに言うかは、決心がつきませんでした。

 そして、やはりカレーは食べないことにしようと思いました。crystalrabbit

広告を非表示にする