不思議な親子

crystalrabbit

不思議な親子 

 

 定年退職後は自由に暮らしておりました。子供たちは独立して、妻と二人だけの生活ですが、年をとって妻は益々出不精になり、私は長い公務員生活から解放されたことでもあり、若い頃にも増して、三日に開けず一人旅を楽しんでおりました。

 たいていが車での一人旅ですが、夜はテントを張ったり、車の中で眠ることもありましたが、無人の神社の拝殿などで夜を明かすこともありました。

 あれは瀬戸内海の小島を旅していた時のことです。珍しい砂岩の路頭を目当てに狭隘な路を海岸まで行って神社の境内に続く防波堤のコンクリートに車を停めてから、写真撮影をして、しばらく長閑な海や島影の景色を眺めているうちに、その神社は無人で、こぢんまりとした拝殿にはガラス窓などもなく、簡単に外から上がれることがわかります。

 日もやや西に傾いたので、今夜はここで休むことにした私は早速、簡易テーブルを組み立て、夕食の準備にかかりました。

 夜が更けて、海岸で釣りをしていた人たちも三々五々帰ってしまいましたので、静かな海岸には私一人になりました。そこで、寝袋を拝殿に広げて横になりました。

 どれくらい時間がたったのでしょうか。寝袋を広げたときには満天の星空だったのに、いつの間にか雲に覆われていました。しかし、拝殿の登り口の所だけがぼうと明るいのです。私がそれに気づくと同時に、小さい子供を連れた女が言うではありませんか。

「これがあなたの娘ですよ。さあ抱いてやってください」

 思い出しました。学生時代にほんのわずかの間ですが、一緒に住んでいた女に似ています。

「さあ、お父様に抱いていただきなさい」

 こう言って女が子供を押しますと、よたよたと私のほうへ歩いてきます。

 その子供は、私の三人の子供ではありませんでした。しかし、どこというのではないのですが、顔かたちや雰囲気が似ています。でも、抱く気にはなれません。私が訝って、子供を睨みつけると、怖がって後ずさっていきました。

「さあ、抱いていただきなさい」

 女が再び口を開いて子供を押しやりました。

 咄嗟に私は、この女が出ていった日のことを思い出しました。「嫌いになったわけではありませんが、出ていきます。決して追わないでください。さようなら」とメモ用紙の端に細い字で書き置きしていなくなりました。追わないことが彼女のためならと思って、置き手紙に書かれていることを守りました。身籠もっていたのではないかと考えたのは、彼女が出ていってから半年以上もたってからです。

 すると、そのときの子供だろうか。私は思わず出していた両手をさっと退き、子供を睨みつけました。すると、さっきと同じように後ずさりました。

「あなたの子供ですよ」

 女は一緒に生活をしていたときのように明るく微笑みました。そして子供を押しやりました。私がまた訝るように睨みつけると,子供はまた引き返しました。

「さあ、抱いていただきましょう」

 女は寂しそうな顔をして子供を抱えるようにして私に近づいてきます。そして見たこともないような怖い顔に変わっていきます。

 咄嗟にわたしは傍の懐中電灯をとると思い切り彼女の顔をめがけて投げつけました。

 グェという声とともに女も子供も消え、何か黒いものが壁を天井のほうへはい上がるのが見えました。と同時にさきほどの明かりは消え、もとの星空に戻っておりました。

 私は車に戻って夜明けを待ち、東の空が白み始めてから拝殿の天井を調べてみました。そこには大きな真っ黒い蜘蛛が背中から赤黒い血を出して死んでおりました。また、その傍には多分の人のものだと思われる骨が散乱していました。

 

以上が、私がその日に駐在所に届けた内容です。crystalrabbit

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