ふくしゅうは必ず……

crystalrabbit

ふくしゅうは必ず……   -少年少女恐怖館ノ内-

            

 救急車のサイレン……

 はっと目をあける。でも、何も起こっていない。夢でもない。夢なんか見ていない。

 美里は、頭を両手でおさえた。これで三回目だ。なぜだろう……

 ともだちも、家族も、そしてもちろん美里にも、救急車で運ばれたようなことは、一度もない。だから、過去の記憶が、夢のようなかたちで襲ってくることは考えられない。 

 気分のすぐれぬままに朝食を終えた。

 登校班の仲間が待っている。急がなくては。来年は六年生だ。この班では一人しかいないから当然リーダーになる。美里が最後だった。すぐに出発した。

 通りに出ると、別のグループが少し先を進んでいる。

 ツーン。頭の中で響く音。そして救急車のサイレン。

 目を大きく開いてあたりを見る。首を振ってから、耳を澄ます。どこからも聞こえない。自分の頭の中だけで鳴っているのだ。

「あっ! 車が……

 見える。先を進むグループが横断歩道にさしかかった。直進してきた車が、スピードを落とさない。舞い上がった。ああ、落ちる。時間が止まっているようだ。なのに、その子だけが音も無く落ちる。

 しだいに近づく救急車のサイレン。……この音だったのだ。

 美里は夢から覚めたように、目を大きく開いた。頭の中ではなく、今、目の前で救急車のサイレンが鳴っている。

「停まらずに、進んで!」

 大人が叫ぶ。

 いくつもの登校班が合流し、足をゆるめる。赤信号の点滅が、子供らの頬を班(はだら)模様に染める。

「よそ見しないで!」

 いつも交差点で黄色の旗を振っているおばさんが、ブルーの制服の中から甲高い声を出した。止まるつもりはない。でも、まえがつかえたんだ。しかたがないよ、おばさん。美里は、口に出さずに言った。

 三日たった。下駄箱から靴を出して、上履きを入れようと手を伸ばしたときだ。ツーンという音。続いて救急車のサイレン。顔を上げて首をふる。どこにもそんな音はしていない。まただ。自分の頭の中だけの音だと思った。

 ……見える。女の子だ。うしろからバイクが走ってくる。今渡ってはいけない。その子は車道へ出た。バイクは急ブレーキをかけて転倒した。

 はっと気がついた。いつの間にか靴にはきかえていた。今度は確かに現実の音だ。救急車のサイレンが響きわたる。

 これで二度目だ。美里は、自分の中で何が起こっているのかわからない。

 ……友達が交通事故にあう。井上君と山本さんだ。よく知っている。でも、なぜわたしにだけわかったのしら? 

 井上君と山本さん……、二人とも幼稚園のときからずっと一緒だ。最近は組も違うのであまり話もしない。なぜだろう?

 あっ。

 すっかり忘れていたが、井上君が、ずっと前に自分にいたずらをしたことがあった。あれは何だったかな。ずっと前のことだ。思い出せない。ええっと、とにかく私が腹をたてたことがあった。そして「ふくしゅうは必ずしてやるからな」と心の中で叫んでいた。そんなことがあった、と美里はやっと思い出した。ははは、と心の中で笑った。ずっとずっと前の、自分でも忘れているようなささいなことさ、と思った。

 そのころ人気のあったテレビ番組で「ふくしゅう」という言葉を覚えた。何か気にいらないことがあると、よくつぶやいた。

「ふくしゅうは必ずしてやるからな」

 山本さんにも同じことを言ったことがある。これも、すっかり忘れていた。

 こうして二人が事故にあっている。単なる偶然か、あるいはわたしの心の奥底にある気持ちがそうさせたのか……わからない。

 誰かを憎んでいるということはない。でも、ささいなことから、その人のことがいつまでも心の中にわだかまりを残しているのかもしれない。

 最近ではだれも憎んでいない。しいて思い出せばだれだろうか。もう一年ほど前になるが、康子が、わたしの赤鉛筆を、「ちょっと借りるね」と言ってもっていってしまったことだろうか。そのせいで、わたしは恥を書いたことがあった。よくあることだから、今ではなんとも思っていないけれど、あのときはくやしかった、と思い出した。

 次は康子の番だろうか。

 信じられなかった。

 居残りをして絵を描いていた。消しゴムが転げたので、体をよじってとろうとした。そのときだ。頭の中が鳴っている。消しゴムをとるのをやめて、体をまっすぐにしてみたが、外ではどこにも救急車の音などしていなかった。

 横断歩道のところで立っている。後ろ姿しか見えないけれど、康子そっくりだ。向こうの道をトラックがやってくる。運転手の顔が見える。おかしいぞ。

「康子、出たらだめ! 出たらだめ! だめ!……

 運転手の目がつむりそう。ああ、ねむたいんだ。大変だ。ああ……

 気がついた。ほんとうの救急車の音だ。学校の前で止まっている。

 

 うそだ。そんなのうそだ。わたしが嫌った子が交通事故にあうなんてうそだ。たんなる偶然だわ。

 しかし、心の中では四人目はだれだろうかと、つい考えてしまう。

 次はだれ? 

 思ってはいけない。思ってはいけない。crystalrabbit