人面瘡

crystalrabbit

人面瘡   -少年少女恐怖館ノ内-

 

 もう一月くらい前の話だが、人面犬というのが流行ったことがある。人の顔そっくりな犬がいるという話である。

「ねえねえ、由香。人面犬って、聞いたことある?」

 真美が階段を追いかけてきて、言った。

「ジンメンケン? それ何? 聞いたことないわ。」

 由香は、どこかで聞いたことがあるような気がしたが、思い出せないので、逆に尋ねた。

「人の顔に、犬の顔が似ているという、あれよ。去年の夏休みに、騒いだことあったじゃない?」

「去年の夏? そんなのあったかな?」

 左足がちくちくすると思っていたら左腿の脛に近いあたりが赤くなっている。痒さもあるが、今はちくちくする。学校へ行くときはスカートを履けば隠れるが、ブルマからは出てしまうので、嫌だなと思う。

 ちくちくしなくなったと思ったら、色がだんだんと黒ずんできた。なぜここだけがこのような色になるのかわからない。机に座ってスカートをあげて見ると、ちょうど脛の上あたりが丸く色が変わっている。少し痒いので、左手でぽりぽり掻くと、掻いたところは赤くなる。掻くのをやめるとしばらくして、赤くなったところがだんだんと黒く変わっていく。黒いといっても血が固まったときの色よりもうすい、赤っぽい黒さである。

 こういうことを繰り返して、何日かたった。よく見るとそこが人の顔のように見える。耳に相当する部分はないが、よく見ると、目と口があるようだ。嫌だなと思う。気のせいに違いないと思ってスカートの先を引っ張って見えなくする。

 一日、痒くなかったので、そこを見ることも掻くこともしなかったが、次の日、また痒いので、傷をつけないように軽く掻いた。ちょっと掻くと痒みがとれるので、やめる。しばらくするとまた痒くなる。同じように軽く撫でる程度に掻く。こういうことを一日に四五回する。

 もともと皮膚が弱いせいか、汗疹になったり漆にかぶれたりすることが多かったから、足が痒くなるのは、彼女にとっては特別のことではなかった。従って毎日、腿の下が痒いといって医者に診てもらうということなど考えもしない。たいてい痒ければ掻き、そのうちに痒さもおさまるというのが、いつものことだったのである。

 それが今回は、同じところがいつまでも痒いので、そこが痒くなって何日目かによく見ると、丸くなっている。ちょうど人の顔を画くときのような、卵型になっている。その中の一部は赤くなったり、やや黒ずんだりで、痣のように見えた。

 どうもその形が気になる。特別に何かの形に似ているというのでないのに、気になるのである。学校ではいちいちスカートを上げて見るわけにいかないから、手を入れて掻くだけである。しかし、家に帰るとその痒いところがどうなっているか見ずにいられない。

 毎日学校から帰って、自分の部屋に入ると、すぐにスカートを上げて見ていると、だんだんと濃淡がはっきりしてきているのがわかる。おぼろげながらも、その形や色の濃淡が、人の顔のように見える。誰といって特定の人のように見えるわけではない。ただ、ぼんやりと顔のように見えるのである。気のせいと言えば、そうかも知れない。・・・考え過ぎかもしれない。あまり深く考えないことにしようと思った。そう思って軽い気持ちで、痒くなれば掻くということを繰り返している。

 何日かしてよく見ると、口に相当するところに、小さな穴がある。机の上にあったケーキの端を一粒つまんで押し込むと、痒くなくなった。

 翌日は煎餅があったので、やはり端を一粒つまんで入れた。不思議だ。効果があった。・・・こんなことが一週間続いた。よく見ると食べ物を入れてやると、目の部分が笑っているように見えた。痒いとき見ると、怒っているようにも見えた。crystalrabbit