解散

crystalrabbit

解散

 

 二学期の期末試験が始まった。朝、いつものように坂を上って、一息ついたとき人だかりがしていた。模造紙に書かれた文章。一目で生徒の文字だとわかる。

 試験をボイコットしようと書いてある。その理由について、何人かの教師の悪口やら質問状があった。そして、その質問状は期限付きで一週間も前に出しているのに、回答が寄せられないので、試験をボイコットするという宣言であった。そして、このような独善的な教師の横暴に攻撃すべく、みんなで期末試験をボイコットしようと書かれてあった。

 騒然とした中にも覚めた生徒はいるもので,それらの生徒は,自分は自分のしたいことをするさと決め込んで、その扇情的な立て看板に一瞥をくれただけで,さっさと教室へ入った。

 書いてあることはわからなかった。これまでに、これを書いた生徒ら、教師の間に何があったのか。これを書いた生徒らの名前はすぐにわかった。それぞれの文章のあとに文責誰々と知っている女生徒の名前が書いてあった。クラスは違ったが、同じ学年の生徒だ。一年のとき同じクラスにいた。もう一人は選択クラスで同じだったことがある。確か、それは現代国語のクラスで、特別によくできた女生徒だった。そのせいかどうか、よく教師に当てられ、僕など想像だにもしないようなことを、的確な日本語で答えた。当てた教師も、そうだね、と言ったきりで、それ以上補うことは、彼女の場合はなかった。だからと言ってここに書いてあることを信じたわけではない。

 

 試験をボイコットしたことに対して学校側から何も注意は与えられなかった。ただ欠席したの同じように扱われただけである。

 事態は一向に解決せぬままに、自分たちが何と戦っていたのかわからなくなった。

 単なる逃避だったのだろうか。どこへももって行きようのないエネルギーをただ闇に向かって放り投げただけなのだろうか。

 

 何となく集まった仲間はまた、もとの自分たちの棲んでいた洞窟に帰るしかなかった。

 土曜日の午後だった。天理教の支部と道路との境にある白壁は晩秋の日を暖かく反射していた。顔を上げると拝殿の破風も、いっそう白く輝いていた。晩秋とは言え、潮風に包まれた空気は暖かった。

 自分たちの行動について誰一人として後悔などしていなかったが、もう決着はついていた。狂ったように受験勉強をしていたわけではなかった。しかし、重い空気に押しつぶされる前に、自らの時間を作りたいと思っていた。そして、日常性からの脱出を試みた。

 ・・・理由はみんな違っていた。その違っていた理由を話し合えばその分、お互いの心が離れていくことを知っていた。そして、さらに話し会えば、もともと一致することなどなかったということが、今にも明らかになりそうだった。そのことにみんな気づいたのか、誰もが過ぎ去ったことを、あれやこれやと言わなくなった。それでも、みんなの眼は輝いていた。やるだけのことはやったという思いで一杯だった。

 大山神社の前の歩道を過ぎると、潮風が通り過ぎていく。海沿いのバス通りに出る前に食堂があった。足を止め暖簾を潜った。誰かが、飯でも喰って帰ろうかと言ったのだろう。

 思えば、ここにこうして集っているものの、それが最初で最後であった。そして、どこかに接点が、ごく短い接点だけがあった。

 そのことは誰も口に出して言わなかったが、そうでなければ、ここにこうして集うこともなかっただろう。そして、過ぎ去った日々のことを徒労という言葉ではなく、充実という言葉で塗りつぶし、そして今の気持ちを、希望へと変えようと思った。

 秋の空は変わりやすい。やがて、曇り、寒風が吹きすさぶ日々がもうそこまで来ていた。でも、その日だけは、もうしばらく穏やかな小春日和が続きそうに思われた。

「じゃあ・・」

 一人一人がそれぞれの方向へ向かって歩き出した。やわらかな瀬戸内の陽光を身体一杯に受けて。

 ・・・このようにして、高校三年の秋は過ぎた。決して日常性の中に戻ったのではないが、それぞれが、自分の足で歩くしかないことを少しだけ自覚したのだった。crystalrabbit

 

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