北北西に進路を取るな

crystalrabbit

北北西に進路を取るな

 

「さっきの刑事さん、なかなか絵がうまかったね」

 ハンドルを握っている小野寺進が言った。

 赤のミラは初夏の海に面した道路を静かに走った。朝出かけに、田島屋ホテルの女将さんが出してくれた。よっかたらどうぞ、というので借りた。

 警察の取り調べが長かったせいか、それとも出された尾道ラーメンの味になじめなかったせいか、千恵の口は重かった。それが、さきほど海が見えたころから変化しはじめた。

「高校のとき似たタッチで絵を描く友達がいたわ。その子を思い出した」

 白峰千恵がぽつりと言った。さっきの件には触れたくないのか話題を変えたようだ。小野寺はほっとした。

「やはり、うまいの?」

「ええ。時々ノートの後ろ側に描いて見せてくれるの。どこかの小さな路地を描いて、おばあさんが何人かいてね。猫とひなたぼっこをしたり、立ち話したりしているの。その路地に看板があってね、『この町美人多し 脇見注意 山桜老人会』って書いてある。山という字の右側にいかにも子どものいたずらという風に『老』という字が書き加えられているのよ」

「笑わせるね」

「まだあるわ。左上のほうに、少し大きな道があって侵入禁止の標識があるのね。その横の看板に何て書いてあったと思う?」

「対向車に注意」

「残念でした。『北北西に進路を取るな!』とあって、ちょうど地図で言えばそちらの方向になるのかな」

「北北西に進路を取るな!か。なかなか意味深長だね。それで、その子今どうしているの?」

「さて、どうしているかしら。大学卒業したら、婦人警官になると言ってたけどね。その後会ってないわ」

「警察官になって、脇見運転注意の交通標識を作ったらいいね」

「何、その標識って?」

「進入禁止とか、駐禁のマークと同じだよ」

「そんなのいらない。かえって脇見運転増えるよ」

「あったら便利だよ。いろいろと使えるよ。公園のランニングコースとか、デパートの地下とか・・・」

「デパートの地下って、もともときょろきょろしに行くところでしょ。そこへ脇見運転注意の交通標識つけてどうするの。お客さん商品見てくれないじゃない」

「デパートの地下というのは、漬け物とか佃煮とか、通路にまで商品置いてあるから脇見すると危ないよ」

「もし、あなたがデパート経営者になったら、そんなのつけてみたら」

「可能性ゼロだね」

「おっと脇耳運転注意! 注意!」crystalrabbit