二十歳のレクイエム

crystalrabbit

二十歳のレイエム

 

 二人は島の高校の同級生だった。龍生は卒業後一浪してから岡山の大学に入学した。尾道の大学に通っていた楓は、尾道で二年目の春を迎えていた。

 四月の半ばだった。龍生からの手紙が実家から転送されてきた。手紙が来ていると母から電話があったとき、週末には帰る予定にしているから送ってくれなくてもよいと答えた。しかし、結局バイトの都合で帰れなくて、改めて電話して転送してもらった。

「遅くなってごめんなさい。実家からお手紙が転送されて来るのが遅くなって。夜のバイトが忙しくて、週末に帰る予定が帰れなくなって、少したって転送してもらったの。

 自宅から通う予定だったのだけれど、二月目からは、伯母の家に下宿させてもらっているのよ。ちなみに、叔母さんは母の妹で名前は桜さん。母は百合というの。私は楓で、妹が椿。並べて書くとまるで植物図鑑ね。

 夜のバイト? 蝶にはなれないわ。ご安心を! 花も咲かないし、紅くなるだけよ。

 万葉集の件、楽しそうね。一緒にさせていただくわ」

 そんな内容の返事を出した気がする。教養科目の国文学で万葉集を選んだので、レポートに協力してくれないだろうか、というような手紙だった。高校のとき龍生が図書館によく通っていたことは楓も知っており、万葉集のレポート云々が単なる口実に過ぎないことは見え透いていたが、男友達のいない楓はうれしかった。

 楓は、万葉集の授業はないが、国文学関係の講義の一部のようすを書いて送った。

 次の龍生からの手紙には、教養課程でとらなければならない講義の内容とともに、文化人類学とか、論理学の講義のようすなどが書かれていた。また、今読んでいる本と、今後の読書の予定が書かれていて、いかにも楽しそうだった。

 万葉集の本は図書館にいけばかなりあった。歌われた場所別の本から、近くでは鞆の浦倉橋島岡山県では牛窓などがあるということが、簡単にわかった。

 暑くなる前に鞆の浦へご案内するのがよいと思った。

 福山駅で出迎え。バスに乗った。バスは駅前の路地を抜けると間もなく芦田川に沿って南へ走った。楓が窓側に座ったので、龍生は楽しそうに楓と窓の外の景色を交互に見た。

 鞆の港では、四国から大きな旅客船が滑るように入ってきた。

 対潮楼で住職さんが、鞆の歴史とその先で紀伊水道鳴門と下関から入ってくる潮がぶつかるのだと説明してくださった。

 この港で大伴の家持が太宰府への往復の途次寄って潮待ちをしたのは言うまでもない。そして往路に同伴してしていた妻は帰路には帰らぬ人となっていた。その帰路にこの地で詠んだという歌がある。

 吾妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にはあれど見し人ぞ無き

 対潮楼の下に石碑があった。龍生はぽつりと「レクイエムだね」と言った。

「どんな奥さんだったのでしょうね」と楓が言った。

太宰府まで伴って行ったのだから、一緒に暮らしていたということはわかるが、それ以上のことはわからない・・」

 

 岡山では西口で降りて、レンターカーで牛窓へ案内してもらった。楓にははじめての道で、どこをどう通ったのか、わかなかっ。西大寺の観音院を過ぎて、邑久(おく)郷というところの古い神社に寄った。

「大伯皇女(おおくのひめみこ)というのは。この辺りで生まれたのでそういう名前になったという説があるね。ここは邑久郷というが、これから行く牛窓邑久郡になり、隣りが邑久町と言うんだ」

「おくというところで生まれたので大伯皇女というのね。おもしろいわ。知らなかったことよ」

 牛窓では、オリーブ園に行った。

 港に降りた。

 本蓮寺は朝鮮通信使を歓迎した寺だ。広い畳の間と大きな一枚板の床の間には、古い歴史が込められているのだろう。

 帰りは、竹久夢二の生家が記念館になっているから行こうと言って、そこへ寄った。そこが邑久郡邑久町だと教えてくれた。

 

 尾道では、龍生が帰省するときには、必ず楓に連絡してきて、会った。帰省のついでに楓に会うのか、楓に会うために帰省するのか楓はわかりかねた。それに、故郷への思いは、故郷との距離が異なればおのずと違うのかもしれなかった。

 楓は、通学してもよいような距離をわざわざ下宿しているのだから、帰ろうと思えばいつでも帰れた。そのせいか、二ヶ月も三ヶ月も帰省しないことが、度々だった。二人の故郷の島は尾道からは見えなかったが、巡航船で一時間もしなかったから、楓にとっては尾道も故郷と変わりはしなかった。やはり、故郷というのは遠く離れてこそ、故郷と言えるのではないかと楓は思った。だから楓は、龍生が頻繁に帰省する気持ちは、自分には理解できないものだと、はなから諦めていた。

 龍生から、尾道駅での到着時刻の連絡があると、楓は可能だと返事をすればよかった。その返事が届くまでの余裕は十分あった。もちろん、多少の無理をして予定を合わせたこともあったが、そのように前もって連絡しておくことで、食い違いは生じなかった。

 もちろん楓も送れないように、最大限に努力した。それと同時に、予定の列車で降りてくることを、心から願った。もし降りてこなかったら、と考えただけで、息苦しくなった。

 さいわい、そんなことはなかった。予定した列車が到着すると、必ず龍生は降りてきた。龍生の自分を見つけたときの表情に安堵のふうが見られたから、龍生も同じように思っていたに違いないと楓は思った。

 列車が止まる。それから少しして、改札口に龍生が出てくる。たったそれだけのことに過ぎない。それが最大の意味をもっていた。もし、若さというものを何が具体的なもので表すとしたら、まさにその瞬間ではなかったか。

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