たそがれのときに

crystalrabbit

たそがれのときに

 

 相見時難別亦難

 東風無力百花残

  李商隠「無題」より

 

 結婚して三ヶ月が経っていた。

 以前の住所に電話してみた。お母様が出られた。その声には彼と同じ色彩があった。ほんとうの母息子だと思われた。彼と話しているような懐かしさを感じた。ただ、電話番号を聞き出せればいいと思ってかけた電話だったが、自分のこともすらすら名乗れた。そのせいか、何も訝ることもなく、現在の住所と電話番号を教えてくれた。もし、電話が通じなかったら、と思って住所も尋ねたらこれもあっさり教えてくれたので記録しておいた。

 意外にも近いところにいた。何という運命の巡り合わせだろうか。あれから何年か経って、一時間以内にいける距離にいたということは。是非、もう一度会ってみたくなった。

 そんな気持ちで、先ほど聞いたばかりのところへ電話した。会社の寮であったので、呼び出してもらった。これもまた意外にも、すぐに本人がでてきた。以前と同じ調子だ。懐かしさがこみ上げてきた。涙が出そうになった。

 一年近くつきあって、春霞に煙る公園で、たった一度のキスをしただけで去っていった人。別れる理由も告げず、交際を止めようと言った人。別れる悲しさよりも、キツネにつままれたようで、何が何だかわからなかった。これから、二人の関係は深まっていくと思っていた矢先に・・・。

 追って行って、理由を糺せばよかったのだろうか? そんな関係でもなかったし・・・。

 嫌われていたという風でもなかったし。まして、別の女の人がいるという風にも思えなかったし。深入りするまえに、引き下がる・・・。そんな!

 四年も経っていた。その間に就職し、結婚してこちらに来ていることを伝えた。そして彼も、就職してそこにいることを語った。以前と同じように屈託のない声で。嫌われていない。迷惑がっていない。それだけで嬉しかった。今更あのことを問いつめても仕方がない。聞きたいのはやまやまだが、黙っていることにした。代わりに、会ってもらえるかと聞いてみた。これは自分でも予定外の言動だった。ただ、声が聞きたかった。どうしているかと、そして結婚したと伝えたかった。何しろあれから四年も経っているのだから。

 これまた、彼の返事は意外にあっさり承諾してくれた。こちらの時間も制約はあったが、彼の時間に合わせることにした。かなり融通が利くようで、すぐに約束の日取りは決まった。またもや、別れる理由などなかったのに等しいという感触だ。

 

 あれから一週間経った。四年ぶりに彼に会って一週間が経った。勤めを終えて荷物を二階に持って上がると、窓から見る街が暮れかけている。結局、別れた理由を彼も言わなかったし、こちらも訊ねなかった。彼の態度は四年前と同じだった。もちろん年齢を加えて落ちつきがあったりして、お互いに四年の歳月が別々に流れたことはよくわかった。でも、私に対する接し方は以前とまったく同じだった。

 あれでよかったのだろうか。

 たそがれの空を見つめていると、最後まで見ていないといけなくなる。それと同じように、あれでよかったのだろうか、という思いは、いつまでも消えなかった。crystalrabbit

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