真珠貝の唄

crystalrabbit

真珠貝の唄

 

 海が呼んでいる。いつもそう思う。これは自分だけではない。他のダイバーも同じように、思っているようだ。だから、どんな危険な目にあうかわからないのに、毎朝、あんなに陽気に出かけて行く。毎朝、海が呼んでいるからである。亜熱帯の紺碧の海が呼んでいるからである。

 こうして異国へはるばるとやってきたのも、海が呼んでいたからである。ダイバー達はいつもそう言って仕事に出かける。

 青い海の底にいると、故郷の海にいるようだ。海は故郷の海と繋がっている。

 

 故郷の紀州を出て木曜島へ来るには、一旦神戸へ行かなければならなかった。紀州から神戸へは直通航路が結ばれていたから、ここからは、便利だった。

 神戸を出ると、マレーを廻って豪州へ向かう。何日船の上にいたのか忘れるほどの日を経て、豪州へ着いた。

 

 海の中は、美しかった。白蝶貝、黒蝶貝、さらさ馬蹄貝が澄んだ海流の中にいる。そこは浄土さながらだった。死んだら、安らかな国で永遠の生を得られると子供心に思っていたが、まさにその世界が、今目の前にあるのではないかと思われた。極楽とは、こんな世界なのだ、といつも思った。

 しかし、極楽は視覚の世界だけだった。潜水服に身を包んでいても、さすがに海水の中にいると全身が冷たくなる。だから、手っ取り早く貝を採って、船に戻らなければならない。

 そして、極楽のように見えても、海の底はやはり海の底だった。大自然の端末で、底知れぬ世界の入り口に過ぎなかった。

 だから・・・、海の中は危険が一杯だった。 

 今までも、多くの若者が死んだ。だが、自分だけは大丈夫だと思っている。

 湯原保雄は和歌山県牟礼郡草津村に生まれた。尋常小学校を卒業して、祖父の操る船に乗った。村からあまり遠くない海で漁を始めて数年が経っていた。十五歳になっていた。家のすぐ裏に住む、ひとつ上の達夫が木曜島へ行って二年が経つ。祖母がときどき夕餉のとき、豪州はやはり景気がよいのかねえ、と言った。

 

 ・・・あれから、もう三年が過ぎている。海と山に挟まれた猫の額ほどとみんなが言う狭い地に、何倍もある立派な家が、近頃どんどん建っていく。豪州の海の真珠貝が家に変わったと、もっぱらの噂であった。

 ある夜、おれも大きくなったら豪州へ行くよ、と祖母に言った。そして三年前に故郷を後にした。

 

 綱が一つ。これだけが頼りだ。それに空気を送ってもらう送風管。これが詰まったり、切れたりしたら、終わりだ。crystalrabbit

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