crystalrabbit

蟻   -少年少女恐怖館ノ内-

 

「一人でばっかり食べないで、お姉ちゃんたちにも、上げなさいよ」

 いつものように、ママが言う。

「うん、わかった」

 雄太は、そう言ったが、一向に菓子袋を手放しそうにない。

「少しはママの言うことも聞きなさい」

 今度はやや大きな声で言う。

「うん」

 母の言うことに異議があるわけではないようだ。

 雄太はこの年頃の子どもと同じようにお菓子が大好きなのだ。特に甘いものが大好きなのだ。だから、いつも口の回りには砂糖をたっぷり含んだ唾液が乾燥して粉をふいている。

 ある日のことだ。母親が知らぬ間に、雄太が昼寝をしていた。ふと見ると、雄太の喉が黒くなっている。何かしらと見ていると、それはあっという間に動いて、上唇のほうに移動した。何かしら? 蟻だ。よく見ると一匹の蟻が動いているのを見て驚いた。しかし、その蟻は雄太の口元にあまり興味をもたなかったのかすぐにどこかへ行ってしまった。

 まあ、雄太ったら、蟻に口のまわりを歩かれるほど、お菓子を食べているのだわ。今日は幸い一匹で、それもあっという間に逃げてしまったからよかったものの、もし、何匹もの蟻が雄太の口の端に着いた砂糖の残りに寄ってきたら、そのうちの何匹かは、雄太を噛むかも知れないと思った。そんなことにならないように、お菓子を食べたらよく口の回りを洗うように言っておかなければ。

 

 ある日のことだった。午後から気温が上がり、動くのもものうくなって母親が眠っていると、雄太も隣で眠り始めた。

 母親が目覚める、隣に黒いものがある。よく見ると蟻だ。それは雄太の皮膚の上に這っている。

 助けてぇー、と彼女は叫ぼうとした。しかし、あまりの光景に声も出なかった。

 何匹という蟻の群。まるで、黒い紙で覆われたように、雄太の腕を取り囲んでいる。・・・ああ、何と言うことだ。それはもう、雄太の腕ではない。手の肉そのものなのだ。蟻は絶え間なく動く。雄太の腕は、見る見るうちになくなっていく。いや、腕だけではない。身体も、顔も、足も・・・。助けて・・・。自分では叫んでいるつもりでも、声にならないのだ。

 しかし、誰も来てくれない。雄太も動かない。動いているのは、端のほうにいる蟻だけだ。それも、多くは雄太のほうに向かっている。crystalrabbit