2015-05-08から1日間の記事一覧

ダバオへ

crystalrabbit ダバオへ 一九〇五(明治三十八年) マニラ マニラの街は雨季特有の大粒の雨に煙っていた。肌に染みつくような湿気には、十分慣れているとはいえ、決して気持ちのよいものではなかった。いや、湿気以上に、くしゃくしゃした気分が余計に気持ち…

crystalrabbit 梟 リーダーの中条小夜子の目が、怪しく輝いていた。それを、とりまく同じ年格好の男女が数人。緊張と恐怖、それにいくらかの陶酔のまじった複雑な気持ちである。 「許せない。我々の目標を忘れた最も厭うべき堕落だわ。恥を知りなさいよ、恥…

新聞

crystalrabbit 新聞 岡山県警の中央司令室に男の死体らしきものを見付けたという百十番連絡があったのは、昭和47年11月16日の昼すぎのことだった。 通報してきたのは、タバコ屋の奥さんだが、ハイキング帰りの親子が発見したという。子供が小用のため…

閑谷の影

crystalrabbit 閑谷の影 学問所を作ろうと云われた言葉ほど、津田永忠の血をたぎらせたものはなかった。今までに多くの工事をしてきたが、この話を聞いたときには、この仕事を完遂できたら、あとは余生だ、という気持ちになった。 素晴らしいことではないか…

血の足跡

crystalrabbit 血の足跡 パリ 3月21日 やれやれ、こんな日に緊急の仕事とは、ついてないな。 ドゴール国際空港検疫所とパスツール研究所からの連名の連絡を受けて、フランス外務省の当直事務官は、アメリカ、イギリス、オーストラリア、マレーシア、そして日…

森の兄妹

crystalrabbit 森の兄妹 -少年少女恐怖館ノ内- 私達兄妹は森の中でよく遊んだ。たいていは、きのこ採りや野いちご摘みのように、何か目的があって森の中に入ったが、二人とも森の中が好きだった。幼い頃から森の中で遊んでいたから、森こそが私達の故郷だ…

crystalrabbit 蟻 -少年少女恐怖館ノ内- 「一人でばっかり食べないで、お姉ちゃんたちにも、上げなさいよ」 いつものように、ママが言う。 「うん、わかった」 雄太は、そう言ったが、一向に菓子袋を手放しそうにない。 「少しはママの言うことも聞きなさ…

蛇っ子

crystalrabbit 蛇っ子 -少年少女恐怖館ノ内- 蛇はかしこい動物だから、よく人間に化けて学校の授業を聞きに来るんだよ、と言われていた。お婆ちゃんがこどもの頃はこういう話を信じていた子はけっこういたらしい。 「今でも人間に化ける蛇がいるのかなあ」…

ふくしゅうは必ず……

crystalrabbit ふくしゅうは必ず…… -少年少女恐怖館ノ内- 救急車のサイレン…… はっと目をあける。でも、何も起こっていない。夢でもない。夢なんか見ていない。 美里は、頭を両手でおさえた。これで三回目だ。なぜだろう……。 ともだちも、家族も、そしても…

水軍遊び

crystalrabbit 水軍遊び 海。 しかし、一面の霧である。 朝日が霧の向こうに大きな円形の輪郭を見せている。影絵のようにその形だけが、くっきりと浮かんでいる。 春はまだ浅く、早朝の瀬戸内はやや肌寒い。しかし、海水の温度は暖かく、夜間に水蒸気となっ…

黄葉亭萬控帖

crystalrabbit 黄葉亭萬控帖 「何か事件かね」 茶山先生が尋ねると、にっと笑って、芳さんは前かがみに出ていった。 近ごろでは先生公認だから、遠慮はいらないはずだったが、それでも午前中から出ていくのは、気がひけるらしい。 先程、小僧が使い走りの書…

不思議な親子

crystalrabbit 不思議な親子 定年退職後は自由に暮らしておりました。子供たちは独立して、妻と二人だけの生活ですが、年をとって妻は益々出不精になり、私は長い公務員生活から解放されたことでもあり、若い頃にも増して、三日に開けず一人旅を楽しんでおり…

宇宙飛行

crystalrabbit 宇宙飛行 秋のよく晴れた日のことでした。秀ちゃんが日のよくあたる暖かい部屋でテレビを見ていると、黒猫のピョンがやってきました。 「秀ちゃん、何をそんなにおもしろそうに見ているんだい?」 「ああ、ピョンか。見てごらん。毛利さんだよ…

我が越え来れば

crystalrabbit 我が越え来れば もの心ついたときには、自分の周囲にはあまりにも、喧噪が渦巻いていた。 今朝も、早暁より、鴬の鳴き音は繁く、やがて朝日の移動とともに庭にまで押し寄せて来る。庭にきた鴬の啼き音を聞いて、ふと、のどかなるものとはこん…