東屋

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東屋

 

 七時半である。夏の日の入りは遅い。日が西の彼方の島影へ没してからもなおしばらくは、空も海も明るく、いつまでも夕闇は伊沼島を訪れようとはしなかった。

「恭ちゃん遅いわね」

 夕食の準備がほぼ終わって、恭子は着替えに自分の部屋に戻った。

 その間に、母親と彩子が配膳し、父も潤也も席についた。

「呼んできてもらえないかしら」 

「そうね、私見てくるわ」

 こう言って彩子は奧の間に消えた。

 日没は過ぎているのに、外はまだ明るい。窓から見える空の色が、とっくに沈んだ夕日の残照を浴びて、茜色から紫色に変わっていた。

 

「大変、恭ちゃんが倒れている」

 三人はは恭子の部屋に行った。

 恭子の様子を見た父が叫んだ。

「早く神嶋先生に電話しなさい」

 彩子が電話をかけた。

「神嶋先生はさっき、西屋から電話があって出駆られたということよ」

「それじゃ、西屋に電話して、すぐにこちらにも廻ってもらうように伝えなさい」

 今度は西屋に電話する。

「何か変なの・・・。翔坪君が、佳奈ちゃんの浴衣を着て倒れた。いや、既に死んだとか・・ わからないわ」

 

 後で分かったことだが、恭子が亡くなったのと、ほぼ同じ頃に谷を隔てた西屋で、恭子の従弟の翔坪が死んだという。医師の診るところでは心臓麻痺ということであった。不思議な偶然としか言いようがない。ほんとうに偶然なのだろうか。犯罪の可能性はないのだろうか。犯罪といって、誰が何のために。また、どのようにして。冷静になれなければ、と潤也は思った。

 あの時恭子は、「それでは、私はちょっと失礼して・・」と部屋を出て行った。自分の部屋に着替えにでも行ったのだろう。

 潤也はずっと彩子の父親と話をしていたが、襖は開け広げてあったので、姿は見えなくても、人の動きは察しがついた。母と彩子は台所にいた。恭子がトイレに行ったのか着替えに行ったのか、一人で自分の部屋に戻った。それから、恭子に何が起こったのか。

 その間、潤也と一緒にいた彩子の父親の権汰が、恭子に近づくことは不可能だ。また、彩子と母親も一緒にいたのだから、どちらかが一人で恭子に近づくことも、不可能だろう。しかも、屋敷内には誰もいない。もし恭子と二人だけになることができた人物がいるとしたら、彩子だけということになる。それも恭子を呼びに行ったその時だけである。しかし、彩子が恭子の部屋に呼びに行くと言ってから、恭子の様態を知らせるまでに、いくらも時間はかかっていない。仮に彩子が犯人だとして、あれだけの時間に殺してすぐに戻ってくることができるだろうか。まずあり得ない。それに恭子は彩子が呼びに行く前から、戻ってきていないのだから、既に事件は起きていたと考えるのが妥当だった。それが病気であれ、殺人事件であれ、彩子が呼びに行く前に起こっていたのだ。

 もちろん、これが毒殺か何かで、しばらくしてから効果が現れるものであるならば、アリバイも何もあったものではない。父親も、母親も、彩子も、それに自分だって、殺人の可能性はあったことになる。潤也はきつねにつままれたような思いで、いろいろと考えた。

 ➡️  西屋 crystalrabbit

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