奈良原村

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奈良原村

 

 今日は奈良原村のお祭りである。村も小さければ、神社も小さい。石段の両側には花崗岩でできた狗が天を睨んでいる。十二段登ると少し幅が広くなり、再び石段が始まる。その石段が始まる両側の欄干には、別の狗の像がやはり天を睨んでいる。

 

 祭りに浮かれていつまでも帰らない祖母が心配して迎えにきてくれる。

 若い夫婦と出会う。祖母はじろりと見た。その夫婦は気がつかない。祖母は不快な気持ちを顔に表して、つぶやいている。ぶつぶつ何か言っている。辛うじて聞き取れたのはこのような言葉だった。災いが起こる。あの村から嫁を取るなんて、信じられないことだ。

 その夜、祖母を離れに訪ねた。縁伝いに行くことも出来るが、雨戸が立てられているので、納戸の押入と仏壇の間にある通路を通って隠居所に入った。祖母は桜の木に細工された達磨像をぼろ布で磨きながら話した。その桜は根元に近い処らしく、異なる方向へ伸びた根の付け根が、複雑な模様をなして、茶色に光っていた。付け根は疣(いぼ)のように、突き出ているがよく磨かれて、美しい。

 潤也よ、よく覚えておきな。奈良原村には、嫁をもらっては行けない村がいくつかある。萩谷村、荒神村、ずっと向こうだが、田野倉村。これらの村から嫁をもらうこともできないし、嫁に行かすこともできないのじゃ。そんなことをすれば、きっと悪いことが起こる。

 桜の木に彫られた達磨の鋭い眼光が自分を睨みつけているようだった。そのせいか、潤也は、いつもにもなく怖じ気づいた。「なぜ?」と低い声で聞き返すのが精一杯だった。

「なぜっ言うって、お祖母さんからそのように教えてもろうとるが。ずっとずっと昔、私がまだ子どもの頃、そう教えられたんじゃ。何でも、お狗さまの相性があわんということじゃった」

「もう、いんで寝る」と言って潤也は立ち上がった。

「世の中にゃあ、行ってはいけん土地があるんよのう」

 背中を丸めて達磨を磨いている祖母は半分眠っているようだった。

 ざあざあと裏の竹藪が鳴っていた。お宮の秋祭りが終わると、奈良原村では、たいていの家が冬支度をはじめる。

 

 若い嫁が石の下敷きになって死んだというような話を、祖母と隣のおばさんがしているのを聞いたが、それがその年の秋のことか翌年のことだったか、潤也の記憶は定かではない。

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