奈落の上

crystalrabbit

奈落の上

 

 悪夢は今でも甦る。時々、身体が浮くような感じに襲われる。そのときは胸が締め付けられる。また、あの恐怖が襲ってくると、考えてしまう。あんなことなど二度と思い出したくない。できることなら、私の記憶の中からあの日一日のことを完全に消してしまいたい。……いや、あの日一日だけでなくてもよい。あの日一日を含んでいたら、その前後の一月であろうと一年であろうと、私の過去を忘れてしまいたい。そう、私は記憶喪失になることを自ら望んでいるのだ。しかし、私はそういう体質ではないのか、記憶喪失にはならなかった。私の意識が、あの日のことを忘れることを拒んでいるのだ。

 人によっては、このような不幸な体験を忘れたいという無意識の衝動から記憶喪失になって、それを回復しようと治療を続けている人も多いと思う。しかし、人の心はそんなに都合良くできているものだろうか。忘れたい現実を排除するために、記憶を失っているのだ。それを治療と称して回復しようとする。もし、その忘れたい記憶まで回復することができたとして、それが当人にとって幸福なことだろうか。思い出してはいけないものは、永遠に忘却の彼方に押しやっておかなければならない。

 

 このような私の気持ちを整理してみるために、私は心理学を勉強してみようと思った。当時高校二年生だった私には将来の目標がこれといってなかった。しかしあの事件をきっかけに自分の心の整理がつかなくなり、結果として心理学を学ぼうと思ったのだから、あの事件は、私の生きる道を決めるきっかけを与えてくれたのだし、ある意味では感謝している。(とはいえ、あくまでもある意味ではであり、今も心に重くのしかかるあの日の記憶のことを思えば言葉にならない怒りとでも表現するしかあるまい。)

 心理学……それがどんなものかはよく知らなかったが、私はその言葉に憧れ、救いを求めていたように思う。心理学を勉強し、私の心理を理解することで、少しでもあの日の体験に傷ついた心を癒すことができるように私には思われた。

 

 ほどなく私の夢はしぼんだ。実際にどこの大学に行って心理学を学習しようかと考えたとき、文系の学部の中で心理学がかなりランクの高いところにあるということがわかったからだ。もともと私は成績の良い子ではなかった。

 心理学科の偏差値は高いのである。心理学科は文学部と教育学部にある。いずれも高い。私の学力ではだめだ。しかたがなく私は、地方の偏差値の低い大学に行くことにした。文学部ではなく、文化社会学部というへんな名前だが、一応心理学専攻というコースがあった。学部や学科名は、何でもよかった。心理学さえ学べればいいのだ。だから、その大学は私の希望を満たした。

 

 ある程度心理学を学んでから、私あの時、同じバスに乗り合わせた人たちにその後の状況を聞いてまわることにした。もちろん、私と同じように今でもあのときの悪夢の影響下にある人の癒しになればいいということも、心の片隅にはあった。しかし、私はカウンセラーとしてそこまでの力があるとは思わない。むしろ、私はその人たちと悩みを共有することで私自身が今の自分を克服することができるのではないかという微かな期待をもっていた。

 

最初に訪ねたのは四十五才(当時)の男性だった。後で思えば、この人なんか最も影響の少なかった一人かもしれない。

「いやあ、あのときは怖かったですね。今から思うと、ここでこうして生きているのが奇跡としかいいようがありません。あれだけの高さからバスごと転落していたら、多分まず助からなかったでしょうね」

「あのときのことは覚えていますか。シーソーのように車体の前後が交互に下がったり上がったりしたときのこと。あれは不思議なことでした。誰かがちょっと動いただけなのにバランスが崩れたのでしょうか。揺れはだんだん激しくなる。……そのたびに悲鳴が上がる。いつ落下が始まるか、わからない。あのときは、ひと揺れするたびに、もうだめかと……

「いつまでも、あの事故のことを思い出していては身がもちませんからね。私の楽天的な性格でしょうが、それに年をとったということもあると思いますよ。何でもかんでもどんどんと忘れていくのですね。特に都合の悪いことは。もちろん記憶を辿ればあの時の恐怖を思い出すことはできますが、それがいつまでも頭にこびりついていて、日常生活に支障が出るということは幸いに私についてはありませんね。ですから、私にとっては今のところ精神的な後遺症というのはありませんよ。心のケアというのですかね。それも、多分、お医者さんや専門家の方にかかるほどのことは全くといっていいほどありませんね。だんだんと忘れて行っているというのが事実でしょうか。でも、こうして同じバスに乗り合わせた方と話していると妙に落ち着くのも事実ですね。ええ、嫌なことを思い出させてくれて迷惑だなどという気持ちは全くありません」

 このように最初の人に言ってもらって私がどんなに勇気づけられたことであろうか。

 

 それに引き換え、二人目にお会いした女性(四十五才)の場合は、状況はよくなかった。

「今でも夜よく眠れません。何かいつも私の心を監視しているような存在に、気づくことがあります。気がついてみると、私の心を覗いている私自身なのですね」

「ええ、日常的には以前と全く変わりませんが、でも心の中はダメ。がたがたです。この先長く生きておれないような気がします。でも、それでいいのです。別にこれ以上生きていたいとも思いませんし」

「でも、あの時のことを思い出したり、人と語っていて不愉快になることはありません。むしろ、人と話すことで私の中に閉じこめられていた恐怖が外に出て、楽になります。そうですね、私の中の恐怖が薄められるというか……

 お二人の方がいずれも、私との会見を不快だと思っていないことは救いだった。

 

 三人目は男性だった。当時五十二才だった。

「まさか、あの日にあんな事故が起きるとは夢にも思っていませんでした。もちろん毎日自動車事故はどこかで起こっていますから、いつ自分が遭遇してもおかしくないわけです。でも、マイカーよりもバスのほうがより安全だといつも思っています。私に運転の自信がないわけじゃないのですが、やはりバスの運転手というのはプロですから、それなりに能力のある人がなっているわけです。ですから、少々のことでは事故などおこりようがないし

起こしてもらっても困るわけです。起こそうとして起こすのではないから、まあ、事故というでしょうが、それでも最大限に、事故防止を勤めたり、危険を予知したり、避けたりしているわけですからね」

「ですから、起こってしまってからの後知恵ですが、自分が運転するのも、他の人が運転するのも同じことだという考えになりましたね。プロの運転手だとは言え、やはり私らと同じ生身の人間。時にはミスもあるし、運命のいたずらで、事故に巻き込まれることもある、ということですよね」

「恐怖? そんなものはとっくに忘れました。後遺症などと世間ではよく言いますが、そんなものはありませんよ。思い出して嫌な気持ちになることももちろんありません。あの時は怖かったなあ、という思いは今でもありますがね」

 この人の場合は、日常をごく普通の時間が流れていた。そして、その感覚が私にもわかるような気持ちなったとき、私は随分楽な気持ちになった。そこで、一端訪問を休み、しばらく内省に努めてみようと思った。crystalrabbit

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