六人のメッセンジャー

crystalrabbit

六人のメッセンジャー

 

 群から離れて何日か過ぎた。その前に、我々の親戚は、森の仲間たちと袂を分かっていた。

 森の仲間から離れていった理由は、ほんとうのところよくわからない。ずっと前のことだからである。祖父のときか、あるいはもっと前から、その萌しはあったかもしれない。

 とは言え、仲間の離合集散はとりたてて、珍しいことではなかった。雨に恵まれ、緑の木々が繁茂しているときは、どこからともなく多くの仲間が集まった。そして鱈腹喰って、仲間も増えた。

 しかし、日照りが続き沼から離れたところの森が枯れてしまうと、食べるものが不足し始める。子は痩せ細り動きが鈍くなる。それでも、そこで餓死するよりは、他にいい場所はないかと、散りじりに移動を開始するのだった。だんだんと仲間は減る。

 そして、新しい環境に恵まれれば再び仲間を増やした。あるいは、苛酷な状況であっても、そこにあるもので命の火を連綿と維持した仲間もいた。

 はるかに前のことになるが、われわれの仲間が移動する前は、しばらく平和な日々が続いた。なぜなら、森と砂漠のせめぎ合いの中で、森が長い間優勢だったからである。

 砂漠の反対側には川と湖や沼があった。時に凶暴な鋭い歯と長い口をもった動物もいたが、多くの動物は穏和で、我々が、沼地で生活の糧を漁っても、邪魔することはなかった。

 それが、雨が止んでからずっと日照りが続きだした。森の向こうの砂漠がだんだんと侵略をはじめた。沼地が乾き、砂が風に舞った。緑の森に茶色の斑点が生じ、日を追って拡大していった。

 他の仲間と同じように、我々のグループも移動を始めた。なるべく砂漠には近寄らないように、森に沿って進んだ。森が切れたところでは川を越え、崖を昇った。仲間がまだ来ていないところには、生活の糧が前のところよりは沢山あった。それが無くなると再び移動が始まった。

 さらに先に進んだグループもあれば、長く留まるグループもあって、気がつくとわれわれのグループは六人になっていた。前のほうにも見あたらない。後ろのグループも追いついて来ない。おまけに食べ物はだんだん少なくなる。

 途中で引き返そうとしたこともあった。しかし、これまで移動してきた森が枯れて砂漠になっていた。これでは帰ろうにも帰れない。更に先を目指すしかなかった。

 ある日、その先が切れていることがわかった。森のはずれである。進むこともできず、帰ることもできない。今ある木々の中で生活するしかなかった。しかし、その木々もやがて茶色に変色し、われわれの生存を許さなくなった。

 そのとき、一人が砂漠の向こうの山を手で示した。揺らめいている暖かい空気の向こうに、緑の山が見える。それを見ていたもう一人が歩き出した。残りのものも続いた。緑が消えかけていたとはいえ、森の中から砂漠に出ると、頭上の太陽が射るように照りつける。

 どれくらい歩いただろうか。一人が倒れた。みんなくたくただった。穴を穿って、太陽を避けた。心地よさと疲労からあっという間に眠りにおちた。風に舞った砂が頬を打ったが、もう雨の雫も砂の粒も区別することはできなかった。日が沈む前に、砂が六人の眠る穴を覆った。

 彼らの骸が七〇〇万年後に掘り起こされ、サヘラントロプス・チャデンシスと名づけらることも、勿論彼らには知る由もない……。

 

注:Nature no.6894(vol.418 11 Jul 2002)による。crystalrabbit