おうつり

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おうつり

 

 村一番の分限者の先代の葬儀も滞り無く済み、新しい当主が村中に世襲の挨拶と葬儀へのお礼をかねて、一件一件を廻って来たのは、戸外におれば日焼けが一層進むような、初夏のよく晴れた日だった。

 どの家でも、慇懃に当主を迎え、わざわざご挨拶に来られたことへの礼を述べた。また、葬儀への礼を当主が述べると、あれっきしのことで感謝されるほどのことはございません、日ごろから大層お世話さまになっているんですから、ご先代さまのご葬儀に、村の者が協力するのは当たり前でございますと、恐縮してみせた。

 それは追従でもお愛想でもなかった。事実、村の者たちで、この分限者の恩恵を受けていない者は一人もいなかった。

 この村を取り囲むように聳える四囲の山は、すべてがこの分限者のものであったが、村の者が粗朶や松茸を採りにこの山に入ることはもう何年にもわたって許されており、あたかも共有林のごとくであった。村人が、その山で松茸やら山鳥やら、季節季節の産物をお屋敷にもっていけば、その労が感謝され、見つけた者が好きにしてよいと諭されるのが常であった。

「それでも珍しいものですから、まずはご当主さまに」というと、気持ちよく受けとってもえ、後日倍したほどのお返しの品が届けられるのであった。

 山だけでなく、村にある田圃も大半はこの分限者のものであった。そして家作の少ない者には、好きなだけ貸してくれた。収穫時に、小作料として借りた面積相当の玄米を持参しても、その半分も受けとってもらえなかった。さらに、凶作の年には、全くといっていいほど小作料を受けとらなかった。

 このような家柄であったから、この分限者の家の普請だとか慶弔とかあれば、村人は農作業を休んででも手伝いに行った。このことに不平を言うものなど、誰一人としていなかった。そしてまた、村人たちの労に対しては、分限者のほうでは心を尽くして感謝の饗応をすることに余念がなかった。

 

「やはり、お狗さまも、新しい当主へうつられたのかのう」

 老婆が、自分より少し年上の、夫に語りかけた。お狗さまというのは、米粒ほどの狗で、白と黒と赤斑の三匹がいるということだった。そして当主が死ぬ時は出てきて、次の当主へ祀ってもらえるか相談するということであった。祀らないと言えば、狗は素直に出ていくが、その家は一年もしないうちに没落するということであった。祀れば、富み栄えるということである。

 この狗を祀る人間には不思議な力が備わるという。その人に妬まれたりすると必ず病気になるという。あるいはその人が他人がもっているものが、何か欲しいと思ったら、思われた人は病気になる。胸や腹が中から噛まれているような痛さに襲われ死んでしまう。どの人の狗の仕業か突き止め、望む物を与えると、病気はすぐに治る。

 この不思議な力をもった狗を祀る家を、地元では狗神筋だと言って尊敬していると同時に恐れられてもいる。だから、狗神筋との婚姻が避けられてきたせいか、狗神筋の家では、必ず他の村の者と婚姻するという。crystalrabbit