藤戸

crystalrabbit

藤戸

 

 勝ち戦の続いている源氏と違って、平家の武者にとっては、いずれどこかで、挽回の機会はあるものと思うが、所詮逐われるものの身に変わりはなかった。

 屋島から、備前の児島に陣を進めたとは言え、勝算の見込みがあるわけではなかった。 

 一方、源氏はといえば、これは時の勢いに乗じた荒武者達の熱気に溢れていた。

 鄙とはいえ、日の光のあたたかいことよ、と盛綱は思った。もし、これが戦でなければ、瀬戸内の磯伝いに徘徊するのも悪くはないな、と思った。いや、それだけではなく、人里のどこかで、暮らすのもいいのではないかと、あらぬことを思ったりした。

 しかし、戦である。佐々木盛綱は、はやる心を抑えていた。このへんで手柄を立てたいものだ。しかし、なかなか戦は始まらない。どうしても此処で手柄を立てねば、自分にはその機会は永久に訪れてこないのではないか。源氏方の武者はいずれも勇者揃いで、自分など、特別の才覚があるわけではないから、この先、功を上げることは難しい。

 一つ仕掛けてみるか。敵方が、仕掛けてこないのであれば、こちらから戦いを挑むしかあるまい。ただ、このままここで控えていても時間の空費というものだ。

 

 瀬戸の海は、穏やかだった。鴎が、群て白い腹を見せている。水面に寄るかと思えば、さっと方向を変えて、かなたへ、こなたへと気が触れたかのように飛び回った。

 潮の流れが急なところは、水一面が眩しく反射していた。波も立たずにただひたすら奈落への潮路を急ぐのであろうか。

 潮が引いていくのがわかる。日が西に傾く頃には、彼方の小島との間も、かなり狭まろうものと、思われた。

 弓手に木立が聳える山がある。この山際に接するように小さな苫屋が数軒ある。窃(そっ)と立ち止まって、人がいるかと耳をそばだててみる。確かに人がいるようである。

「誰かおらぬか」、と言い終わらぬうちに、漁師が現れた。

「ちと、訊ねたいことがある。ご足労願いたい」

 

 漁師は、慇懃に頭を垂れてから、従った。

 潮の流れが笹流れになって遠近へ続いている。

 水面が黄昏の中で墨のように冥く流れた。風はないのにさざ波が立っている。

「こちらでございます」

 漁師の言うままに盛綱は従った。

「ここを通って、次にこちらに回ります。その先は、淵になっております」

 

 源氏とおぼしき武士に、潮の通い路を乞われ、馬でも渡れるほどの瀬ができることを教えたので、明日になればきっと戦になるであろうと、敵の見張りに言いふらされどもしたら、どうであろうか。敵は沖の、味方の矢も届かぬ方へと、櫓を進めるに違いない。あるいは、知らぬ顔を通して、ほどよい頃を見計らって反撃してくるかもしれない。いや、敵ばかりではない、味方の誰彼に聞かれても同じこと。

 許せ、戦の世よ。われらとて、明日を知れぬ命、そちとて変わらぬものぞ。

 許せ。・・・crystalrabbit