エウデモス

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エウデモス

 

 エウデモスはキプロスに生まれた。商用でマケドニアに行くことになった。しかし、途中、テッサリアのペラにきたとき、その街を占拠していたアレキサンドロス配下の兵に捕らえられた。

 理由はわかななかったが、何日も、街から出してもらえなかった。マケドニアでの仕事のことよりも、故郷のことが気にかかる。それに何よりもこの地の気候が馴染めなかった。乾いた空気。照りつける太陽。日に何度も舞う砂塵。早く故郷に帰って、塩分をたっぷりと含んだ潮風を吸いたいと思った。

 ついに食欲をも奪うような高熱に、エウデモスは乾いた煉瓦でできたベッドに仰臥したまま動かなくなった。医者が呼ばれたが、手の施しようがないと言って、治療らしきものも行わず、行ってしまった。高熱のせいか、眠っていても、起きているのか眠っているのか、わからない。すぐに目が覚めるのだ。

 あれは、現実だったのだろうか、あるいは夢だったのだろうか。あまりに生々しい出来事だから、夢とはにわかに信じられなかったが、さりとて、現実だという証拠もないから、やはり夢であったのだろう。

 その少年は、そこに何のために現れたのだろうか。単なるお告げのためか。あるいは、他にも用事があったのか。ただ、三つのことを言ってどこともなく消え去ったので、エウデモスの未来についてのお告げのためだけに、来たのかもしれいない。

 少年の顔はこの土地の人らしく茶色に日焼けし、頬に数カ所かすれたような痕があった。目は澄んで蒼いエウデモスの故郷の海のような色をしていた。少年は言った。

「エウデモスよ、今しばらくの辛抱だ。あなたの病気もやがて回復するでしょう。アレキサンドロスの余命も長くはない。彼の死後あなたは再び自由になる。しかし、あなたが、古里の島に帰り着くまでは、五年を見ておかなければならない」

「なぜだ。まもなく自由の身になるというのに、家に帰るまで五年もかかるとは? その訳を言ってくれ」

 エウデモスは、自分が病気であることも忘れて、少年に哀願した。しかし、少年は、何も答えない。ただ、悲しそうにエウデモスを見ているだけだった。

 たまりかねたエウデモスが、次の言葉を言おうとした瞬間、少年は消えた。一瞬のことだった。エウデモスには、何が起こったのかわからなかった。やはり、夢だったのだろう。夢に違いないと後で思った。

 しばらくして、エウデモスは自由の身となった。アレキサンドロスが殺されたという。アレキサンドロスの妻の兄弟の一人が首謀者だという。何はともあれ、自由の身になったことは、うれいしい。しかし、故郷には帰ることができなかった。兵士として数年は働かなければならなかった。

 エウデモスがシュウライクウサイで戦の最中に死んだのは、あの夢から五年後だった。結局、エウデモスは蒼い海に囲まれた故郷に帰ることはなかった。夢のお告げは当たらなかった。しかし、彼の魂はまぎれもなく、彼の故郷に帰っていた。crystalrabbit