道元

crystalrabbit 道元 父や母のことを考えると頭がおかしくなってしまう。しかし、二人がいて自分が存在するのだから、否定のしようがないではないか。 世間の人たちは父のことや母のことをよくは語らない。これらの話には多少の誇張があるにせよ、古より火の…

売血連盟

crystalrabbit 売血連盟 日が暮れると、決まって黒い自動車がやってきた。 男は静かに車から降りる。その男の背後には何があるのか知らぬが,深い深い闇があるように思われた。そのせいかその男が乗ってきた車は,どこにもないほど黒い色で塗られているよう…

赤えんぴつ

crystalrabbit 赤えんぴつ 算数のテストがあった。二けたの足し算だ。25足す17。36足す23。繰り上がりもある。繰り上がりのないものもある。でも、どれも100を越えることはない。……このような問題が20個ある。筆算だ。まず1の位からやる。そし…

ペリアンドロスの息子

crystalrabbit ペリアンドロスの息子 ―ギリシア小説集ノ内― 昔、ギリシアのコリントスという小さな国を治めていた男にペリアンドロス王がいた。 ふとしたことから、ペリアンドロス王は王妃メリッサを殺してしまった。ペリアンドロス王は、当時の小国の王とし…

たたり

crystalrabbit たたり 一夜明けたが、蜂の巣をつついたような騒動は収まりそうになかった。昨夜遅く、憔悴しきった瑚宝権坪が翔坪の亡骸を伴って帰宅した。今は恭子と並べて母屋に安置されている。 朝から親戚の者や近所の者がひっきりなしに弔問に訪れた。…

レストランうたせ船

crystalrabbit レストランうたせ船 「そこのレストランに入って」 「うたせ船だね」 小山から続いて下降してきた緑の尾根は、道路に面した断崖で切れ、その道路の海側にレストランがある。朝、田島屋ホテルを出てまもなく目に入ったので、よく覚えている。敷…

タングステン号の出航

crystalrabbit タングステン号の出航 「それでも、なんとか出航できた」 沙耶香が、目を細めて言った。 海の上は紫外線が強い。目を射るような太陽光線を厭うかのように、さらに目を細める。海上で反射された光も、ちらちらとまばゆい。 「でも、これからの…

西屋

crystalrabbit 西屋 時間がたつにつれて,西屋で翔坪が亡くなったときの状況が次第にわかってきた。潤也には、恭子の死よりも、こちらのほうがむしろ異常に思われた。 伊沼島の南西に伸びる小山の斜面にちょうど東屋の瑚宝家と対峙するようにあるのが猿橋家…

東屋

crystalrabbit 東屋 七時半である。夏の日の入りは遅い。日が西の彼方の島影へ没してからもなおしばらくは、空も海も明るく、いつまでも夕闇は伊沼島を訪れようとはしなかった。 「恭ちゃん遅いわね」 夕食の準備がほぼ終わって、恭子は着替えに自分の部屋に…

ダバオへ

crystalrabbit ダバオへ 一九〇五(明治三十八年) マニラ マニラの街は雨季特有の大粒の雨に煙っていた。肌に染みつくような湿気には、十分慣れているとはいえ、決して気持ちのよいものではなかった。いや、湿気以上に、くしゃくしゃした気分が余計に気持ち…

crystalrabbit 梟 リーダーの中条小夜子の目が、怪しく輝いていた。それを、とりまく同じ年格好の男女が数人。緊張と恐怖、それにいくらかの陶酔のまじった複雑な気持ちである。 「許せない。我々の目標を忘れた最も厭うべき堕落だわ。恥を知りなさいよ、恥…

新聞

crystalrabbit 新聞 岡山県警の中央司令室に男の死体らしきものを見付けたという百十番連絡があったのは、昭和47年11月16日の昼すぎのことだった。 通報してきたのは、タバコ屋の奥さんだが、ハイキング帰りの親子が発見したという。子供が小用のため…

閑谷の影

crystalrabbit 閑谷の影 学問所を作ろうと云われた言葉ほど、津田永忠の血をたぎらせたものはなかった。今までに多くの工事をしてきたが、この話を聞いたときには、この仕事を完遂できたら、あとは余生だ、という気持ちになった。 素晴らしいことではないか…

血の足跡

crystalrabbit 血の足跡 パリ 3月21日 やれやれ、こんな日に緊急の仕事とは、ついてないな。 ドゴール国際空港検疫所とパスツール研究所からの連名の連絡を受けて、フランス外務省の当直事務官は、アメリカ、イギリス、オーストラリア、マレーシア、そして日…

森の兄妹

crystalrabbit 森の兄妹 -少年少女恐怖館ノ内- 私達兄妹は森の中でよく遊んだ。たいていは、きのこ採りや野いちご摘みのように、何か目的があって森の中に入ったが、二人とも森の中が好きだった。幼い頃から森の中で遊んでいたから、森こそが私達の故郷だ…

crystalrabbit 蟻 -少年少女恐怖館ノ内- 「一人でばっかり食べないで、お姉ちゃんたちにも、上げなさいよ」 いつものように、ママが言う。 「うん、わかった」 雄太は、そう言ったが、一向に菓子袋を手放しそうにない。 「少しはママの言うことも聞きなさ…

蛇っ子

crystalrabbit 蛇っ子 -少年少女恐怖館ノ内- 蛇はかしこい動物だから、よく人間に化けて学校の授業を聞きに来るんだよ、と言われていた。お婆ちゃんがこどもの頃はこういう話を信じていた子はけっこういたらしい。 「今でも人間に化ける蛇がいるのかなあ」…

ふくしゅうは必ず……

crystalrabbit ふくしゅうは必ず…… -少年少女恐怖館ノ内- 救急車のサイレン…… はっと目をあける。でも、何も起こっていない。夢でもない。夢なんか見ていない。 美里は、頭を両手でおさえた。これで三回目だ。なぜだろう……。 ともだちも、家族も、そしても…

水軍遊び

crystalrabbit 水軍遊び 海。 しかし、一面の霧である。 朝日が霧の向こうに大きな円形の輪郭を見せている。影絵のようにその形だけが、くっきりと浮かんでいる。 春はまだ浅く、早朝の瀬戸内はやや肌寒い。しかし、海水の温度は暖かく、夜間に水蒸気となっ…

黄葉亭萬控帖

crystalrabbit 黄葉亭萬控帖 「何か事件かね」 茶山先生が尋ねると、にっと笑って、芳さんは前かがみに出ていった。 近ごろでは先生公認だから、遠慮はいらないはずだったが、それでも午前中から出ていくのは、気がひけるらしい。 先程、小僧が使い走りの書…

不思議な親子

crystalrabbit 不思議な親子 定年退職後は自由に暮らしておりました。子供たちは独立して、妻と二人だけの生活ですが、年をとって妻は益々出不精になり、私は長い公務員生活から解放されたことでもあり、若い頃にも増して、三日に開けず一人旅を楽しんでおり…

宇宙飛行

crystalrabbit 宇宙飛行 秋のよく晴れた日のことでした。秀ちゃんが日のよくあたる暖かい部屋でテレビを見ていると、黒猫のピョンがやってきました。 「秀ちゃん、何をそんなにおもしろそうに見ているんだい?」 「ああ、ピョンか。見てごらん。毛利さんだよ…

我が越え来れば

crystalrabbit 我が越え来れば もの心ついたときには、自分の周囲にはあまりにも、喧噪が渦巻いていた。 今朝も、早暁より、鴬の鳴き音は繁く、やがて朝日の移動とともに庭にまで押し寄せて来る。庭にきた鴬の啼き音を聞いて、ふと、のどかなるものとはこん…

流犬

crystalrabbit 流犬 さっきまで叫んでいた野犬の鳴き声が、今は静かになっている。しかし、すぐに喧しくなるだろう。何が切っ掛けになるのかは、わからない。一匹が叫ぶ。他の犬が呼応する。さらに、呼応する。耳を覆いたくなる。しかし、しばらくすると止む…

蒜山

crystalrabbit 蒜山 あれは、大学の四年生の夏休みだった。夏休みと言っても、私の通っていた大学は七月一杯が前期で、夏休みは八月、九月とたっぷりあった。私は、幸い就職が決まっており、卒論のテーマもほぼ固まっていたので、学生時代最後の休みを思い出…

大いなる遺産

crystalrabbit 大いなる遺産 アメリカ留学時代の友人であるカリホルニア大学教授のユーリン・マッケルシーからEメイルが届いたのは金曜日の午前10時過ぎだった。 「極めてインタレスティングな化石が発見された。ぜひとも意見を聞きたいのでできるだけ早く…

身代わり地蔵

crystalrabbit 身代わり地蔵 秋のよく晴れた日曜日のことです。 「秀ちゃん、元気?」 と、ブロックの塀をぴょんと飛び越えてやってきたのは、黒猫ピョンでした。 黒猫ピョンというのは、秀ちゃんと大のなかよしのまっ黒な猫です。顔のまん中で緑色に光る眼…

四十島

crystalrabbit 四十島 夏の暑い日のことでした。太陽はまだ真上にきていないのに、正午のように暑い日でした。 秀ちゃんは、庭においたビニールプールに水をいっぱい入れ、その上にゴムボートを浮かべて遊んでいます。 黒猫ピョンは、さっきまでプールの中に…

嵐をこえて

crystalrabbit 嵐をこえて 一 「秀ちゃん、一人でおばちゃんのおうちまで、お使いに行けるかしら?」 「うん、だいじょうぶだよ」 秀ちゃんは、お母さんに向かって元気よく答えました。お母さんが声をかけたとき、秀ちゃんはお庭で、砂遊びをしていたところ…

なわとびなかま

crystalrabbit なわとびなかま 秀ちゃんは二年生です。 秋のよく晴れた日のことです。お母さんが言いました。 「よく晴れた日には、なわとびをして遊びなさい」 秀ちゃんは、なわとびはきらいですが、でも、せっかくお母さんが新しいなわとびを買ってくれた…